2023年9月5日無料公開記事内航NEXT 天草船主

<内航NEXT>
《連載》天草船主①
地域一体で内航海運振興

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天草船主は新造船のお披露目の際に船上から餅まきを行うなど地元でのアピールに力を入れている

 熊本県上天草市を中心とした天草エリアは九州随一の内航船主の集積地として知られている。多くの島々から成り海運が身近な地域性や三池炭鉱による三角西港の興隆などを背景に船主業が興り、現在に至る。天草船主の最大の特色が地元出身の船員が多いことで、船員が主要な就職先の1つとして認知されていることや、市が内航海運業の振興と就職促進に力を入れていること、周辺に内航船員の教育機関が多いといった背景がある。

 九州運輸局の2020年3月末時点の統計によると、熊本県内の内航海運事業者数は運送業が16者、船舶貸渡業が93者の計109者で、九州全体の3割弱を占める。在籍船舶は149隻で九州全体の2割ほど。用途別にみると、一般貨物船が74隻、油槽船が19隻、特殊船が17隻、砂利船が12隻。フェリーなども含めて計104万7000総トンになる。トン数階層別では100トン以上1000トン未満の小型船が131隻と9割弱に上る。鋼材輸送などを中心する貨物船が多く、いわゆる一杯船主が大半を占める。
 熊本県内でも特に内航海運事業者が集中しているのは上天草市で、登録隻数は82隻。大矢野町、松島町、姫戸町、龍ヶ岳町に多い。隣接する天草市と宇城市はそれぞれ32隻、21隻で、天草エリアに熊本県内の9割の内航船主が集まる。
 なぜ、上天草市を中心としたこの地域に船主が多いのか。ある地元船主は「天草地域は120余りの島々で構成されている。1966年にいわゆる天草五橋が開通し、九州本島の宇城市三角町から大矢野島・永浦島・大池島・前島を経て天草上島まで5本の橋でつながるようになったが、それまでは船で移動するしかなかった。現在でも有人島の御所浦島には橋がかかっておらず、島民は海路で移動する。今も昔も生活に船が欠かせない地域だというのは大きい」と話す。
 船と海が身近な存在という地理的な条件に加えて、天草船主が発展してきた背景には福岡県大牟田市と熊本県荒尾市にまたがる三池炭鉱の存在が大きい。江戸時代に柳川藩・三池藩が経営、1873年に明治政府が没収後、洋式技術による官営の近代的炭鉱となり、88年に三井に払い下げられた。この石炭の輸送のために活用されたのが三角旧港(現在の三角西港)。当時は石炭の積み出しを長崎県南島原市の口之津港から行っていたが、海底が浅く大型船の出入りが難しかった。そこで三角旧港が使用されることになり、93年から9年間、三角旧港から中国・上海などへ石炭を輸出。このほかにも米や麦、硫黄などの特別輸出港として国から指定を受け、九州内でハブ港の役割を果たしていた。こうした船舶の需要もあり天草船主が発展していった。「全盛期には海運会社が300〜400社、船も400〜500隻あったと聞いている」(地元船主関係者)。
 天草船主は他の地域の船主と比べて地元出身の船員が多いという。その理由を地元関係者は「県外の大手内航海運企業の創業メンバーに上天草市出身者がおり、その紹介で船員になる人が増えていったと聞いている」、「クラスメイトに船員の子どもがおり、裕福な家庭というイメージがあった」と話す。天草地域の人々にとって船員は身近で比較的高給の職業と認識され、子どものうちから就職先の選択肢に入っている。
 また、船員養成機関が天草エリアとその近隣に多いこともこの地域の船員輩出数を高めている。天草郡苓北町の天草拓心高校マリン校舎は県内唯一の水産系学科を有する高校で、4級海技士(航海)の認定校となっている。隣接する宇城市三角町には九州海技学院があり、異業種からの転職者が海技士免許を取得しに通うことが多い。2014年4月までは宇城市が運営しており、全国唯一の公立海事教育機関だった。さらに有明海を挟んだ長崎県南島原市に口之津海上技術学校があり、同校の今年度の入学者のうちの3割が天草エリア出身者だった。
 国土交通省によると、上天草市在住の船員は2018年時点で約800人。国勢調査による同市の労働力人口は約1万2000人のため、働いている市民のうちの約6%が船員という計算だ。
 ある天草船主は「行政と民間、学校が連携して船員の育成に力を入れていることも、船員どころのイメージを強くしているのだろう」と語る。上天草市、熊本県海運組合と全日本内航船主海運組合、地元の学校などが船員確保を目的に「上天草市海運業次世代人材育成推進協議会」を運営。市内の小中学校で出前授業や体験乗船を実施し、船員という仕事を進路選択の前にアピールしている。
 そのような天草地域も少子高齢化の中で船員の確保育成に対する危機感を強めている。前述の上天草市の船員数のうち60歳以上が全体の3割を占め、高齢化の足音が忍び寄る。内航船主の後継者不足も課題だ。そのような中で、天草地域では内航船主の若手経営者が協力して地元を盛り上げる活動を行っている。その中心となっている「天草マリン同志会」は、内航海運の存続と繁栄、地域の発展に寄与することを目的に2009年5月に発足。内航海運事業者だけでなく金融機関や舶用機器メーカー、保険会社、行政など70者以上が参加している。

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 この連載では、天草船主、地元金融機関、上天草市の取り組みを紹介する。

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