2024年2月20日無料公開記事内航NEXT

連携深め、海運の認知度向上図る
日生地区海運組合若潮会・座談会(上)

  • X
  • facebook
  • LINE

日生地区海運組合の若手による「若潮会」メンバー

 岡山県備前市日生(ひなせ)は内航ケミカルタンカーなどの特殊船の船主が多い船どころとして知られている。日生地区海運組合の若手による「若潮会」はさまざまな活動に取り組んでいる。若潮会のメンバーに集まってもらい、その活動や業界について思うことなどを話してもらった。

<出席者(会社名50音順)>
岩崎汽船・岩﨑泰整社長(若潮会会長)
木下汽船・木下雅敏氏
協力汽船・杉谷卓哉総務・安全管理部長
晃山汽船・平野智紀社長
白石海運・雄島楓貴氏
丹羽汽船・丹羽耕一郎社長
久本汽船・久本良洋取締役(若潮会副会長)
明弘海運・佐藤政宏常務取締役
司会:海事プレス社関西支局長 坪井聖学

■日生の船主、船員が減少

 — 若潮会について紹介してほしい。
 岩﨑「日生地区海運組合が昭和35年(1960年)に設立され、若潮会は昭和50年代半ばに発足した。30〜40歳代が中心で、当時は船に乗っている人も多かったので、情報交換の場として作られた。最近は陸上にあがっている人も多い。広報活動や組合のイベントを手伝うなどしている」
 — 海運組合の会員数は何社か。
 岩﨑「会員数は47社で86隻を運航している。内航ケミカルタンカーやLPGタンカーといった特殊船や、油タンカーなどが全体の8割を占めている。平成の初め頃は200数社あった。他地区の船主と話すと、船員がたくさんいるところや、造船所のあるところもある。日生も昔は造船所が何カ所かあったようだが、いまは1社だけだ。日生の人は、近郊の工場に就職したりしているので、日生出身の船員も昔と比べるとそれほどいない」
 丹羽「船主業は大きな資産を購入して運用するのでリスクが大きい。市況がいいときはいいが悪くなると大変。その波を知っている船主は、『息子には同じ苦労をさせたくない』と思って継がせず船主が減ってきたとも聞いている。船員不足で廃業するところも増えた。廃業して他の船に乗ったほうがいいという人もいるようだ」
 佐藤「船員不足はずいぶん前から言われているが、さらに厳しくなっている」
 平野「逆転現象も起きている。船員の立場が強くなり、給料も高くなっている。ますます船員確保が難しくなる。船社も減っているが、船員も減っている。地元の小中学校でも海運会社や船員の認知度が昔と比べると各段に下がっている。父の代の頃は、日生の船員が当社に3〜4人いたが、いまはゼロだ。人口が減っていることもあるが、そういった職業があるという認知度が下がっていることが大きい」
 — 子供たちは船員になりたいと思っていないのか。
 平野「船乗りという選択肢が子供たちの中にない。日生も昔は200社あって、家族や親戚とか身内でやっていて、子供にもある程度認知度はあった。いまは数も減って認知度も低くなった。船が日生港に来なくなったこともある。昔は盆や正月に船がいっぱい港に帰ってきて、大漁旗を掲げていて壮大だった。幼いながらに『わあすごい、かっこいい』と思った。その中には地元の船員も乗っていた。いまは1〜2隻あるぐらいで、多く目にすることがなくなった」
 木下「岸壁に船がたくさん泊まっていたのを子供の頃見たときがあって、憧れて事業を継ごうと思った」
 丹羽「そうした光景が以前はあった。昔は貨物船が多かったが、しだいにタンカーやケミカルタンカーが増えてきた。貨物船は、盆正月に工場が休みのときに休んでいた。タンカーも昔は休んだが、いまは元旦から荷役をする。働き方も変わってきて、盆や正月に船が日生に帰ってくることがなくなった」

■小中学生に出前授業

 — 認知度をあげるためにどんなことをしているのか。
 岩﨑「海運組合が小中学校に出前授業を行いはじめ、いまは若潮会がやっている。10年以上前から取り組んでいて、小学5年生と中学2年生に1コマもらって話をしている」
 杉谷「先日、岩崎さんたちといっしょに初めて出前授業に行った。子供たちの反応は、大人から見ても真剣で、関心があるんだと思った」
 — どんな質問があるか。
 平野「お風呂や食事はどうなっているかとか生活面を聞かれることが多い」
 — 2019年、日生地区海運組合が弓削商船高専の練習船“弓削丸”に日生港に寄港してもらい見学会を行った。子供たちも多く訪れていた。
 丹羽「弓削商船高専もリクルート活動したいと考えていて、寄港してもらうことになった。地元の小中学校にも声をかけて、船をじっさいに見てもらうようにした。船内も見学できるようにして身近に感じてもらおうと思った」
 岩﨑「“弓削丸”はこれまで航海実習の一環で寄港してもらっていた。来年度からは、短い時間だが実際に船に乗って航海してもらう。新しいことができたらと思う。若潮会の活動では、『聞き書き』もやった」
 —『聞き書き』とは。
 久本「岡山では、話を聞いて書き取ってまとめることを『聞き書き』といって、いろんなことでやっている。ここでは日生の小中学生10人くらいに集まってもらい、日生で働いている職業の違う大人たちに仕事について質問するという企画だった。子供たちは真剣に聞いてくれて、『内航ってなんですか?』と質問された」
 — 子供の反応はどうか。
 久本「予想どおりで知名度がなかった。『日生の港に船がとまっているのを見たことがあるでしょう』と言っても、『あったかなあ』という反応だった」
 丹羽「いま外で遊んでいる子供を見かけることが減ったよね。ゲームをしているからではないかな」
(つづく)

(写真)冒頭の写真は右から岩崎汽船の岩﨑社長、明弘海運の佐藤常務、協力汽船の杉谷部長、丹羽汽船の丹羽社長、久本汽船の久本取締役、晃山汽船の平野社長、白石海運の雄島氏、木下汽船の木下氏

小学校で教える岩崎汽船の岩﨑社長

関連記事

  • Sea Japan 2024 特設サイト
  • カーゴ