2023年1月20日無料公開記事人財戦略 内航NEXT

《シリーズ》人財戦略⑩
「心理的安全性」で内航船職場環境改善
東ソー物流グループのコーウン・マリン

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 東ソー物流グループで内航船の船員配乗・船舶管理を手掛けるコーウン・マリン(山口県周南市)は、国土交通省海事局主催の「2022年度船員安全・労働環境取組大賞(トリプルエス大賞)」でアンガーマネジメントに関する取り組みで特別賞を受賞した。同社は「職場の心理的安全性」(組織の中で引っ込み思案によって可能性が埋もれてしまうことのないよう、自分の考えを安心して発言できる状態)を中心に据えた船内職場環境改善活動を展開し、若手の定着率向上と航行安全・生産性の強化を図っている。同社の山下良一取締役人事担当部長に話を聞いた。

■定着率向上へ休暇・福利厚生充実

 — コーウン・マリンの概要は。
 「東ソーグループの物流を担う東ソー物流は、陸海空の輸送・倉庫事業やプラントのマネジメントを手掛ける化学品輸送のプロ集団だ。コーウン・マリンは東ソー物流の100%子会社として自社船7隻の船員の労務管理と安全・工務管理を行っている。東ソー物流では従来は自社船の船員配乗を外部に委託していたが、船員不足が深刻化する中で安定的な運航を続けるためにグループ内でも配乗管理を拡大している。当社の従業員数は現在陸上20人・海上60人。船員の平均年齢は43歳と業界平均並みだが、船によってばらつきがあり、例えばVCM(塩化ビニルモノマー)輸送船の船員の平均年齢は32歳と非常に若い」
 「当社は液化ガス船、石灰石運搬船、苛性ソーダ専用船、塩酸専用船、油送船の計7隻の船舶管理と船員配乗を行っている。年齢・職域に関係なく、所属する全乗組員の休暇ローテーションを重要視しており、23日乗船して7〜8日休暇(大型液化ガス船のみ45日乗船・15日休暇)というローテーションで配乗している。これにより、乗船・休暇時の給与のばらつきをなくして月給を平準化できることも船員にとってのメリットだ。このような配乗ができるのは管理船7隻のうち6隻が東ソー南陽事業所(山口県周南市)を中心に配船されていることが大きいが、交通費に関係なく、遠方の港でも休暇ローテーションを優先させて船員交代を行っている」
 「船舶管理は工務監督7人で手厚く行っている。船員の動線を考えた船内設計を採用するなど、ハード面でもストレスフリーを考えている。内航船は小型船がほとんどだが、居住区を含めて船内をできるだけ広くし、乗組員が生活しやすいよう配置や通路・出入口の幅までこだわって造っている」
 「当社の管理船のうち、1隻以外は10年未満の新造船。全てA重油専焼船で、機関部乗組員の業務負担の軽減など出来る限りの省力化を行っている。東ソー物流は健康経営を実践しており、医療の補助制度が充実している。それに伴うコーウン・マリン独自の取り組みとして、PETや脳MRIなど船員の配偶者の健康診断まで会社が補助するほか、三井住友海上火災保険の電話相談サービスを契約している。採用に関しては、奨学金の代理返済制度を2023年4月入社の新入社員を対象にスタートする。東ソー物流グループはWi-Fi付きで食堂もある社員寮も完備している」

■世代間ギャップが課題

 — 2022年度トリプルエス大賞で『アンマネでパワハラ回避!〜「やっちまったなぁ」そうなる前のアンガーマネジメント!〜』と題した取り組みで特別賞を受賞した。この取り組みの具体的な内容は。
 「いわゆるZ世代の船員と中堅層や高齢船員の世代間ギャップをどうやって埋めるかが喫緊の課題だ。一方で、パワハラ関連の取り組みについては、危険な作業も多い運輸・建設業ではなかなか難しい面があり、安全運航を行いながら若手の育成にそれほど時間はかけられないという悩みがあった。そのような中でパワハラ防止法が2020年6月に大手企業を対象に施行され、東ソー物流はこれに対応してメンタルヘルス教育の機会を定期的に設けていた。私もこれを受講する中で、メンタルヘルスの重要性を学び、これらの知見や概念を船員へ置き換え、乗組員へ伝えるためにはどうすればよいかを考えるようになった。現行でハラスメントが発生している状況ではないが、発生してからでは遅いからだ」
 「陸上の業種については厚生労働省がパワハラの定義を定めているが、これを船にそのまま当てはめると、特殊な職場環境から船舶の運航にそぐわない可能性もあり、また現場乗組員としても“パワハラ”という言葉にアレルギー反応をみせる傾向があった。このため国交省が厚労省のパワハラの定義の解釈集をつくっている。こういったことを船員にかみ砕いて説明しつつ時間をかけて成果を出していくことが重要だが、即効性のある取り組みを模索し、辿り着いたのがアンガーマネジメントという手法であり、職場の心理的安全性という概念だった」
 「今の若い世代は叱られることに慣れておらず、上司の船員も叱った後にフォローすることに慣れていない。お互いが極端な判断をしないように、怒りの感情そのものを立ち止まって抑えて冷静に考えることができるようにするのがアンガーマネジメントの基本だ。いわゆる“6秒待ち”だが、これを行う理由とその効果を具体的な例を挙げて説明している。例えば、部下を叱っている途中で取引先から電話がかかってくると、電話が終わる頃にはなぜ怒っていたのかわからなくなっている、自分の子供にはすぐ怒るが他所の子に対しては同じことをしでかしても怒るのを躊躇するというように、既に誰しもがアンガーマネジメント無意識に行っている」
 「心理的安全性が高い職場では生産性や安全性が向上するという研究データがある。これを船の現場に当てはめると、よかれと思って上司に報告したのに怒られると、いざという時の情報伝達が遅れて重大な海難事故に繋がる可能性がある。心理的安全性が高まれば、安全な運航を実現できるとともに、若手船員の定着率が改善すると考えている。大切なのは、引っ込み思案にならないよう指導するうえで、時代に即した対応を意識付けること。頭を押さえつけるように高圧的だと、無知だと思われるのが怖くて知ったかぶりをする、手伝ってほしいと言えずに仕事を抱えてしまう、先輩の間違いを指摘できない、といった具体例と問題点を説明している」
 「こうした取り組みの結果、当社では船員から指導に関する相談が圧倒的に増えた。『こういった指導をしたが、相手が拗ねてしまい、どうすればよかったのか』『仕事とプライベートのメリハリを感じて学んでもらうにはどうすればよいか』といった内容だ。私も元々船に乗っていたので船員としての意見は話せるが、船の仕事はその船に乗ってみなければ分からないものであり、船長・機関長などのベテランが相談してきた時には第三者として丁寧に聴くことを心掛けている。これまで船内で発生した問題は船内で自己完結していたが、多様化が著しい個性重視の現代では、船長・機関長だけで解決できないような問題もある。船員が一人で抱えてきた悩みの一部を会社が共有できるようになったことで、会社が上手く介入して解決した事例もあり、新時代の『肩振り』だと思っている。また、コロナ禍もあり船内で一緒に食事をする機会が減少する中、あいさつなど限られたコミュニケーションの機会に相手の表情をしっかりとらえ、名前を頭に加えて挨拶する、また会話が生まれる挨拶『挨拶+α』など、自分の家族が悩んでいるという意識で対応してほしいと伝えている。表面上は何事もなく感情を抑止するだけではストレスが溜まるだけなので、コミュニケーションの手段・手法は新たに見直していかなければならないと感じている」

■業界全体で情報共有

 — トリプルエス大賞に応募したきっかけは。
 「私は運営上の困難に直面する度に対応策を記録し、『ウチはこれで対応したよ』という参考例を経験則共有の目的で応募してきた。自然を相手にする海運界では、安全に関する情報は競合他社であっても公開・共有する、といったシーマンシップに基づいてだ。どの取り組みについてもそれが確実に正解であるのかは不安ではあるが、幸いにも同賞の大賞を2回、特別賞を1回という評価を頂いており、その流れで今回も応募した。前職で受賞した取り組みはフェリーにおける火災対策、熱中症対策、コロナ対策などさまざまで、時勢に即した対応策となる上で『会社の規模に関係なく導入できるもの』を前提に、なるべくお金が掛からず、広く導入できるものを心掛けている。普段から船社間で情報交換も行っているが、こういった機会を通じて業界内に広くシェアできればと考えている」
 — 内航船員の確保育成に向けて業界全体で取り組むべきことは何だと考えるか。
 「内航船の大半は499総トン型でその乗組員は5人となっているが、これはベテラン船員であったから成り立つ人数であり、今後世代交代していくと業務上、実質的な欠員が生じ、余裕がなくなることで事故に至るおそれがある。そのため、デジタルに強いZ世代の特性を活かせる技術の早期商用化、それらを実現するための海上ブロードバンドの早期改善は喫緊の課題だ」
 「若年船員の定着率低下に対し、今の若者は根性がない、という話で片付けてしまいがちだが、船員の仕事の魅力そのものが低下しているのではないかと危惧している。世代交代のために新卒採用と定着率を高める取り組みを続けていくのは当然だが、他社に船員として転職するのはまだしも、劣悪な職場を経験して船員自体をやめてしまったら業界全体で悪循環に陥り、要員不足が一層深刻となる。微増しつつある若年層が船員にとどまらなければ、必然的に中途求職者数も減少していく。少子化により国内の労力の絶対数が不足していることを十分に受け止め、一社一社で大切に新卒を育成すると共に、若年船員を業界にとどめるための具体的な自助努力が求められる。時代や環境の変化など、言い訳を考えるとキリがないが、何らかの縁で船員を目指すことになった若年者を『船員を目指して良かった!』と実感できる職場環境を作っていくことが使命だと思っている。今行っていることが5年後、10年後に『あの時にやっていて良かった』と思える・思われるよう取り組んでいきたい。いま、内航船員は静かに、しかし確実に事の推移を見つめている、と感じている」
(聞き手:深澤義仁)

管理船“オリエンタルエース”の乗組員と関係者集合写真

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