次代への戦訓

    2026年7月7日

    《連載》次代への戦訓/日本船主協会元常務理事・アジア船主協会前事務局長 園田裕一氏⑧、ベン・ティー・タンさんと、ASAの今後

     アジア船主フォーラム(ASF)は、常設の中央事務局を2008年にシンガポールに設立したが、それまでの数年は大揉めに揉めた。事務局を作るには資金が必要で、その場所と事務局長をどうす続き

    2026年7月6日

    《連載》次代への戦訓/日本船主協会元常務理事・アジア船主協会前事務局長/園田裕一氏⑦、アジア船主フォーラム発足

     アジア諸国の船主協会から成るアジア船主フォーラム(ASF)は、1992年に当時日本郵船社長の根本二郎さんが提唱して設立され、第1回総会が東京・平河町の海運ビルで開かれた。  当続き

    2026年7月3日

    《連載》次代への戦訓/日本船主協会元常務理事・アジア船主協会前事務局長/園田裕一氏⑥、草刈会長の大改革で船員問題も担当

     草刈隆郎さんは、亡くなった河村健太郎さんの後任として1999年に日本郵船社長に就任すると共に船協副会長となり、アジア船主フォーラム(ASF)トレード安定化委員会(STC)の委員長続き

    2026年7月2日

    《連載》次代への戦訓/日本船主協会元常務理事・アジア船主協会前事務局長/園田裕一氏⑤、港湾EDIと独禁法適用除外問題

     ここでは全ての方々をご紹介できないが、運輸省・国土交通省の方々にももちろん大変お世話になった。  1985年にロンドンから戻り、国際部、調査広報部、総務部を経て、92年に業務部続き

    2026年7月1日

    《連載》次代への戦訓/日本船主協会元常務理事・アジア船主協会前事務局長/園田裕一氏④、河村さんとASF東京総会

     日本郵船元社長の河村健太郎さんが船協会長だった1999年5月、その年のアジア船主フォーラム(ASF)総会を東京で主催し、私たち船協事務局が総会事務局だった。  河村さんは直後の続き

    2026年6月30日

    《連載》次代への戦訓/日本船主協会元常務理事・アジア船主協会前事務局長/園田裕一氏③、生田さんとASFトレード安定委員会

     商船三井元社長・会長の生田正治さんと初めてお会いしたのは私が20代の時で、船協ロンドン支部に赴任する直前だった。当時生田さんは船協の政策幹事長として船協事務局に頻繁に出入りしてい続き

    2026年6月29日

    《連載》次代への戦訓②/日本船主協会元常務理事・アジア船主協会前事務局長/園田裕一氏、世界で評価された“セイゴさん”

     1980年に船協ロンドン支部へ赴任した。当時はCENSA(欧州・日本船主協会評議会)という欧州と日本の10カ国以上の船協が組織する会合があり、その日本代表がのちに大阪商船三井船舶続き

    2026年6月26日

    《連載》次代への戦訓/日本船主協会元常務理事・アジア船主協会前事務局長/園田裕一氏①、会社を超えた切磋琢磨と議論を

     日本船主協会元常務理事の園田裕一氏は、主に国際、企画部門担当として外航海運のさまざまな重要政策課題に取り組んだ。また、アジア諸国の船主協会から成るアジア船主フォーラム(2016年続き

    2026年3月31日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑭、5年後に3人で美味しいお酒を

     オーシャン・ネットワーク・エクスプレス(ONE)が発足し、コロナ禍を経て軌道に乗った後、私は2022年3月末に商船三井の副社長を退任しました。同年4月からグループ会社の宇徳の社長続き

    2026年3月30日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑬、ONE発足、コロナが全てを変えた

     2018年春に邦船3社のコンテナ船事業会社として「オーシャン・ネットワーク・エクスプレス(ONE)」が営業を開始しました。私はONEの持ち株会社のONEホールディングスの会長とし続き

    2026年3月27日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑫、CT売却交渉、少数株主が障壁に

     株主3社と新会社間の交渉も大変でした。その1つが用船料です。新会社の発足時点では自社保有船を持たないため、邦船3社などからコンテナ船を用船する必要がありました。競争が激しいコンテ続き

    2026年3月26日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑪、人材配置と当局承認取得に奔走

     「いざなぎプロジェクト」で最も大変だったのが人の配置でした。各国法人の拠点をどこに置き、誰がトップに就くかという調整を一つひとつの国・地域で行うことになりました。  シンガポー続き

    2026年3月25日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑩、マースクCEOからの一言

     2016年10月31日、経団連会館で邦船3社のコンテナ船事業の統合が発表されました。日本郵船38%、商船三井と川崎汽船が各31%出資する合弁会社を立ち上げ、3社のベストプラクティ続き

    2026年3月24日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑨、「いざなぎプロジェクト」が始動

     2016年春。ザ・アライアンスの組成やコンテナ航路網の構築がひと段落するかしないかのタイミングで、邦船社のコンテナ船事業統合に向けた交渉が始まりました。  この当時、マーケット続き

    2026年3月23日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑧、2万TEU型船が魅力に転じる

     商船三井の新コンテナ船社アライアンスへの加盟にあたって、大きな課題となったのが発注済みの2万TEU型コンテナ船6隻の扱いでした。新アライアンスに加盟予定のコンテナ船社は、いずれも続き

    2026年3月19日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑦、アライアンス再編で失策

     2010年に経営企画部長となり、東京に戻りました。ここからしばらくは経営計画の策定など、社内の仕事が中心となりました。この間のコンテナ船業界では、グランド・アライアンス(GA)と続き

    2026年3月18日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑥、リーマン危機と香港定航本社設立

     2007年に経営企画部から異動し、オランダ・ロッテルダムに赴任することになりました。最初はコンテナ船の営業を担当し、すぐに欧州コンテナ航路のトレードマネジメントを担当しました。当続き

    2026年3月17日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑤、初の航路買収、非日本人社員も活躍

     ザ・ニューワールド・アライアンス(TNWA)が正式にスタートし、アライアンスの組み替えも一段落しました。その後の2000年代前半は、海運市況が非常に良かった時代でした。中国の資源続き

    2026年3月16日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏④、ウィン・ルーズの交渉で奮闘

     1990年代はコンテナ船社のグローバルアライアンス組成の動きが加速していきました。航路ごとに提携相手を選択してコンソーシアムを結成する形から、東西航路を一体化した形でアライアンス続き

    2026年3月13日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏③、システム再構築で人を動かす

     自営拠点として新たなスタートを切ったMOL(アメリカ)(MOLAM)で次に取り組んだのがオペレーションのシステムの全面やり直しプロジェクトでした。当時、米国では「COSMOS」と続き