次代への戦訓

    2026年3月31日

    《連載》次代への戦訓⑭、商船三井元副社長・小野晃彦氏、5年後に3人で美味しいお酒を

     オーシャン・ネットワーク・エクスプレス(ONE)が発足し、コロナ禍を経て軌道に乗った後、私は2022年3月末に商船三井の副社長を退任しました。同年4月からグループ会社の宇徳の社長続き

    2026年3月30日

    《連載》次代への戦訓⑬、商船三井元副社長・小野晃彦氏、ONE発足、コロナが全てを変えた

     2018年春に邦船3社のコンテナ船事業会社として「オーシャン・ネットワーク・エクスプレス(ONE)」が営業を開始しました。私はONEの持ち株会社のONEホールディングスの会長とし続き

    2026年3月27日

    《連載》次代への戦訓⑫、商船三井元副社長・小野晃彦氏、CT売却交渉、少数株主が障壁に

     株主3社と新会社間の交渉も大変でした。その1つが用船料です。新会社の発足時点では自社保有船を持たないため、邦船3社などからコンテナ船を用船する必要がありました。競争が激しいコンテ続き

    2026年3月26日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑪、人材配置と当局承認取得に奔走

     「いざなぎプロジェクト」で最も大変だったのが人の配置でした。各国法人の拠点をどこに置き、誰がトップに就くかという調整を一つひとつの国・地域で行うことになりました。  シンガポー続き

    2026年3月25日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑩、マースクCEOからの一言

     2016年10月31日、経団連会館で邦船3社のコンテナ船事業の統合が発表されました。日本郵船38%、商船三井と川崎汽船が各31%出資する合弁会社を立ち上げ、3社のベストプラクティ続き

    2026年3月24日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑨、「いざなぎプロジェクト」が始動

     2016年春。ザ・アライアンスの組成やコンテナ航路網の構築がひと段落するかしないかのタイミングで、邦船社のコンテナ船事業統合に向けた交渉が始まりました。  この当時、マーケット続き

    2026年3月23日

    《連載》次代への戦訓⑧、商船三井元副社長・小野晃彦氏、2万TEU型船が魅力に転じる

     商船三井の新コンテナ船社アライアンスへの加盟にあたって、大きな課題となったのが発注済みの2万TEU型コンテナ船6隻の扱いでした。新アライアンスに加盟予定のコンテナ船社は、いずれも続き

    2026年3月19日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑦、アライアンス再編で失策

     2010年に経営企画部長となり、東京に戻りました。ここからしばらくは経営計画の策定など、社内の仕事が中心となりました。この間のコンテナ船業界では、グランド・アライアンス(GA)と続き

    2026年3月18日

    《連載》次代への戦訓⑥、商船三井元副社長・小野晃彦氏、リーマン危機と香港定航本社設立

     2007年に経営企画部から異動し、オランダ・ロッテルダムに赴任することになりました。最初はコンテナ船の営業を担当し、すぐに欧州コンテナ航路のトレードマネジメントを担当しました。当続き

    2026年3月17日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏⑤、初の航路買収、非日本人社員も活躍

     ザ・ニューワールド・アライアンス(TNWA)が正式にスタートし、アライアンスの組み替えも一段落しました。その後の2000年代前半は、海運市況が非常に良かった時代でした。中国の資源続き

    2026年3月16日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏④、ウィン・ルーズの交渉で奮闘

     1990年代はコンテナ船社のグローバルアライアンス組成の動きが加速していきました。航路ごとに提携相手を選択してコンソーシアムを結成する形から、東西航路を一体化した形でアライアンス続き

    2026年3月13日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏③、システム再構築で人を動かす

     自営拠点として新たなスタートを切ったMOL(アメリカ)(MOLAM)で次に取り組んだのがオペレーションのシステムの全面やり直しプロジェクトでした。当時、米国では「COSMOS」と続き

    2026年3月12日

    《連載》次代への戦訓/商船三井元副社長・小野晃彦氏②、NYでのクリスマスイブ

     1983年の入社後、最初の6年間は自動車船部で勤務し、前半3年間は北米航路のオペレーションを担当しました。当時はカーバルカーといって、往航では自動車、復航は穀物を輸送していました続き

    2026年3月11日

    《連載》次代への戦訓①、商船三井元副社長・小野晃彦氏、激動のコンテナ船業界で舵取り

     商船三井の副社長や宇徳の社長を務めた小野晃彦氏は、コンテナ船業界の激動の時代に、同事業の運営の舵取りを行ってきた。特に直近の20年間は、欧州同盟の崩壊やリーマン・ショックの発生、続き

    2025年11月25日

    《連載》次代への戦訓/商船三井 田中利明顧問⑥、社会に貢献し、世界とつながる仕事

     長くなったドライバルク担当のあとは、副社長として社内のコーポレート部門を担当するようになった。環境ビジョンやサステナビリティ戦略の構築に取り組むことになった。専門部署も立ち上げた続き

    2025年11月21日

    《連載》次代への戦訓、商船三井 田中利明顧問⑤、ダイナミックでグローバルな事業

     日本に戻って来てからは海外営業の担当になり、韓国の鉄鋼メーカーや中国の宝鋼集団、武漢鋼鉄集団などを担当した。ロンドン駐在時以降の鉄鋼原料船では海外営業の担当がかなり長くなったが、続き

    2025年11月20日

    《連載》次代への戦訓、商船三井 田中利明顧問④、海運バブル崩壊、多くの教訓得る

     大型化の話には続きがあって、「ヴァーレマックス」の建造プロジェクトも声がかかっていた。私がロンドン駐在時のことだった。営業でヴァーレを担当していたので、ロンドンとブラジルを行った続き

    2025年11月19日

    《連載》次代への戦訓、商船三井 田中利明顧問③、ケープサイズで大型化競争

     鉄鋼原料船部には1995年12月、35歳の時に配属された。それ以降は基本的に鉄原を担当することになった。私が着任した当時はちょうど大型化競争の真っ只中だった。いかにしてより大きな続き

    2025年11月18日

    《連載》次代への戦訓/商船三井 田中利明顧問②、名古屋支店でサラリーマン生活を満喫

     東京支店車両課の次の職場は不定期専用船部の統括課だった。総括課は戦略立案のサポートや、当社が保有するすべての古い船の売船窓口業務などを行っていた。売船の仕事は課長代理が担当してい続き

    2025年11月17日

    《連載》次代への戦訓、商船三井 田中利明顧問①、新入社員時代に海運原点の仕事

     商船三井の副社長を今年退任した田中利明顧問は、鉄鋼原料船部門の担当が長い。荷主に最良のサービスを提供するためケープサイズの大型化、最適船型の開発などに従事してきた。中国の資源爆食続き