2025年1月24日無料公開記事海事都市今治の20年
商社に聞く海事都市今治
《連載》海事都市今治の20年
脱炭素化の一助に
三菱商事 有馬直樹船舶・インフラ事業部長
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海事都市今治について、三菱商事・有馬直樹船舶・インフラ事業部長は「船主、造船所、地銀の三位一体で案件の組成のスピードが早いのが最大の特徴。好循環に乗ってクラスター全体が規模を拡大してきた」と話す。今後の課題として脱炭素化を挙げ、トレーディングや保有船事業に加えて、三菱商事が取り組むEX(エネルギー・トランスフォーメーション)を核とした『次世代海運』でも連携する考えで、「今治の海事クラスターの脱炭素化に向けた取り組みの一助になり、『次世代海運』の構想にも近づけていきたい」との方針を示す。
■世界屈指の案件組成スピード
― 海事都市・今治の強みや特徴をどのように考えているか。
「海事クラスターという名の通り、今治には造船所、船主、舶用メーカー、地場の金融機関、保険、商社の全てのプレイヤーが一堂に会している。今治で自己完結してビジネスを構築できるので、案件の組成のスピードが早いのが大きな特徴と捉えている。プレイヤーの層も厚いことからマーケットに対するインテリジェンスも高く、情報の集積地やビジネスの起点にもなっている」
「地場の金融機関が今治の造船業と船主業を力強く支えているのも大きな特徴だ。金融面を含めて海事産業を積極的にサポートしていく体制ができている。人となりを含めて船主と金融機関で躊躇なくすぐに案件の話をできるだけの間柄、関係性ができているので、結果的に意思決定が早いことにも繋がっている」
「商社としても今治は造船所、地銀、船主の三位一体で案件をクイックに組成でき、海外用船者の案件をマッチングできるプレイヤーが多いので、海外の用船者や船主から得た情報や案件があれば、言うまでも無く今治は紹介先として欠かせないマーケット。今治の海事クラスターは歴史も長いので、海外の用船者や船主にとっても過去の取引を通じた経験値があり、今治のプレイヤーと商売を進めやすく、長期安定的で良好な案件が自ずと持ち込まれることが多いという好循環ができているように思う。今治の船主や造船所にとって必要な海運関連の人材も揃っており、皆がメリットを享受できる都市となっている」
― 世界の海事都市と比較した今治の特徴は。
「世界の海事都市と比べると、今治造船をはじめ地域に根ざした有力な造船所があること、金融面ではシップファイナンスを手掛ける意思決定の早い地場の金融機関があることが大きな違いだ。ギリシャのアテネをはじめ、こうした造船所とシップファイナンスを手掛ける金融機関が地場にある海事都市はないように思う。例えば、香港は海事都市であり、金融都市でもあるが、金融機関は富裕層への融資を対象としたファイナンスが軸で、融資判断はオーナーの資産ありきで、シップファイナンスはその延長として捉えるところが多く、日本のシップファイナンスとは性格が異なっている」
― 船主、造船所、舶用メーカーそれぞれにおいて過去20年間で見られた今につながる大きな変化を挙げてもらいたい。
「船主は内航から外航への進出、海外オペレーター向けの取引、BBC(裸用船)や航空機への投資など、海運市況の変化に応じて投資対象や糸口を広げ、ポートフォリオを多様化しながら規模を拡大されたことが、過去20年の大きな変化ではないか。過去には海外との取引で苦労されたことも多々あったかと思うが、それを乗り越えて、現在は海外用船者向けの案件が今治のプレイヤーにとって重要な収益源・取引源となっている。船主が海外向けに進出し、造船所や金融機関がサポートすることで、好循環に乗って海事クラスターの全体が規模を拡大してきた。さまざまな案件を発掘してきたことは、私ども商社が貢献できた機能の1つと言えるのかもしれない。逆に内航や国内オペレーター向けのビジネスだけを続けていたら、現在のような海事都市は成り立っていないようにも思う。内航業界は船員不足の問題に加えて、内航と外航にはやはり産業構造の差もある」
― 造船所や舶用機器メーカーの変化は。
「造船所や舶用機器メーカーもこの20年間に大きな山谷を経験されたが、拡張できるフェーズを的確に捉えて、金融機関をはじめとした今治の海事クラスターのサポートも活用しながら、設備の拡張や買収などを進めてこられた。もちろん造船所や舶用メーカーの自助努力という側面が成長の一番の原動力だが、金融をはじめ関連するプレイヤーの支援体制が今治にはあることも大きいように思う」
■最重要マーケット
― 三菱商事・船舶部の今治でのビジネスモデルや拠点などの歴史や現状を教えてほしい。
「新生・今治市が誕生した2005年に、当社は今治市に営業拠点を開設した。トレーディングの最前線として新造船・中古船、用船の仲介を中心とした取り組みに加えて、当社の自社船事業でもセール・アンド・リースバック(SLB)や今治で建造した新造船の買船などさまざまな形のビジネスを行ってきた。これまで延べ9人が今治駐在を経験しており、現在は駐在員1人と長期出張者1人の体制で運営している。船舶部の全ての事業にとって今治のネットワークは貴重で、あらゆる情報が集積するアンテナとしての機能を果たしている」
― 今治の海事クラスターにどのように貢献していくか。
「今治は当社の船舶事業にとって最重要マーケットの1つと捉えており、まずは船舶トレーディングを軸とした従来型のビジネスの維持・拡大で貢献していく。自社船事業も船隊整備を検討する中で、今治の造船所や船主とのビジネスが増えていく見通しだ。その上で、中長期的に私どもが掲げる『次世代海運』のビジネスモデルでも今治のプレイヤーと連携、貢献していきたい」
■今治クラスター×次世代海運
― 海事都市・今治は今後どのような形になっていくと思うか。また課題は何になると思うか。
「海事産業全体の脱炭素化への流れは、足元では揺り戻しの流れがあるのも事実として認識しているが、脱炭素化への潮流の大枠が普遍的・不可逆的という前提に立つと、環境対応コストの負担の所在の問題は船主にとって大きな経営課題になる」
「造船所は受注を積み上げられているので足元の環境は盤石だが、やはり悩みは次世代エネルギーの問題だ。見通しが不透明な中で、輸送貨物もアンモニア、水素、CO2へと将来的に変化する流れになっている。現在は選択肢が多くなっているが、選択肢を絞り込むリスクがある一方で、選択肢を絞り込まないことによるリソースの分散リスクもある。当社も今治造船などが進めるLCO2船の共同開発プロジェクトにも参画しており、最適解を導き出す役割を少しでも担えればと、活動を進めている」
「船舶の脱炭素化は課題でもある一方、ビジネスチャンスに繋がる可能性もある。当社としても低・脱炭素化技術として今治の造船所と連携しながら、カーボンフリーに向けた環境対応船の導入や、当社の環境対応船のSLBをはじめとした脱炭素・低炭素化でも今治のさまざまなプレイヤーとコラボレーションして取り組みたい。新燃料をはじめとした脱炭素技術の情報発信や意見交換は以前から進めており、私どもが参画している風力推進装置のBARテクノロジーズの情報も可能な限りシェアして連携している。こうした活動を通じて今治の海事クラスターの脱炭素に向けた取り組みの一助になり、『次世代海運』の構想にも近づけていきたい」