2024年5月23日無料公開記事洋上風力発電 注目設備探訪

実践的訓練で洋上風力の人材育成
商船三井/北拓、こだわり詰まった訓練設備

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 商船三井と北拓が北九州市に建設した洋上風力発電のO&M(運用・保守)に特化したトレーニング設備(5月22日付本紙既報)は、実践的な訓練を行うためのこだわりの機能が詰め込まれている。北拓は自社社員だけでなく外部を含めて10年間で1500人を同設備で訓練する予定で、安全かつ適切にO&M業務を行える人材を育成することで日本の洋上風力発電の発展に貢献する考え。
 この訓練設備は今年1月に急逝した北拓の吉田悟副社長が政府の洋上風力導入目標に対するメンテナンス人材不足への対応を考える中で着想し、吉田響生専務が吉田副社長の手書きの構想図を元に形にした。同社の吉田ゆかり会長は「吉田副社長が最後のたくさんの熱い思いを込めたこのトレーニング設備が無事に竣工式を迎えられ、そして皆さまにお披露目するに当たりこのようにお天気に恵まれ、天国から見舞ってくれていると改めて感じている」と述べたうえで、「風力産業において北九州市が総合拠点として非常に力を入れてくださっているので、このトレーニングセンターを活用して頂いて風力発電業界の人材をたくさん育てていけるよう、われわれも微力ながら邁進していきたい」と語った。
 同設備は国内初のトランジションピースの実機を活用した実践的な訓練設備。洋上風力発電は海上ゆえに陸上風力のメンテナンスとは異なる動作や作業を行うことがあるが、北拓の「実際の洋上風車では止めないと生身の訓練を体験できない」(北拓の林龍太社長)のが課題。日本国内の多くの洋上風力発電の訓練設備はGWO(国際風力機関)が定める基本安全訓練を行うための設備で、北拓も福島支店(福島県いわき市)でGWOの訓練が行える設備を持っているが、作業を安全に行っていくためにはGWOの訓練だけではなくより実践的なトレーニングが必要と考え、北九州支店の施設内に船舶からの乗り移りなどのより実践的な行える設備を建設した。吉田専務は「実際に作業をする際には知らないということが一番のリスクになる。この設備は欧州での経験を基にしたリスクに対応したトレーニング設備になっている。当社のメンテナンス作業員だけではなく、新規に参入する地元の企業の方々も含めて、日本の洋上風力発電所が事故なく安全に運転できるように人材を育成していきたいという思いで建設した」と説明した。
 この訓練設備は高さ約23m。内部は4階建ての構造で、それぞれの階層にフロア・屋上が設置されている。設備の3分の2を占める黄色部分はモノパイル(着床式基礎)とトランジションピース(風車タワーとの接続管)で、最下部の直径は6.7m、最上部の直径は6mと8メガワット級の洋上風力を想定したサイズになっている。上部の白色部分は風車のタワーを模していて、最上部にはヘリコプターから降下するアクセスデッキが付いている。
 建設にあたってさまざまなサプライヤーが協力した。素管をリージェンシースティールジャパンが作成。それを三井E&S大分工場で積み重ねて溶接して約5mの4つのピースに加工し、その他にプラットフォーム、アクセスラダー、ボートランディング、手すりなどのパーツを設計・製作して据え付けた。その後、商船三井グループの宇徳が海上輸送と現地までの陸上輸送を行い、現地での施工を若築建設が実施。大型クレーンを使用して約4日間で4つのピースを組み付け、予定工程よりも早期の作業を安全に遂行した。
 同設備の目玉の1つが、乗り移り訓練のために洋上での船舶の動きを再現するシリンダー。実際の洋上風力の現場では船舶がアクセルを踏んだ状態で乗り移るが、波があるため転落したり足などを挟まれる事故が起こる恐れがある。このシリンダーは3次元方向に360度動き、手動でも動かせるが、例えば太平洋や日本海の波のデータをインプットして自動的に動かすことができる。
 屋上の赤色の部分は通常はナセル(風車上部にある機械の収納ケース)の上に付くアクセスデッキで、これを活用してヘリコプターからの降下訓練を行うことが可能。また、航空機・船舶との衝突を防止するために点灯させる航空障害灯と航路灯の実機(それぞれ日本光機工業製、サビックオフショア製)を設置し、両灯の実践的な交換訓練を行う。
 中段のプラットフォームには国内洋上風力で実際に使用される予定のパルフィンガー製のダビットクレーンを設置。洋上風力特有の同クレーンは使用頻度が少ないと塩害などによって使用できなくなる可能性があるため、使用・点検訓練を実機を使って行う。
 トランジションピースは欧州でもかつては密閉した作りになっていたが、保護管(Jチューブ)の隙間から入る水に含まれる酸素によって錆が発生する事例が報告されているため、基本的に現在建設されるものにはハッチがついて内部が点検できるようになっている。これを模して同訓練設備も内部を点検できる構造になっている。トランジションピース内部の作業は、酸素が薄かったり侵入した水から硫化水素などの有害ガスが発生する可能性があり、危険な環境で行うことになる。このためトランジションピース内部への降下・点検訓練だけでなく、万が一人が内部で気を失った場合の引き上げ救助訓練を行う。内部ではサンノハシ製のボルトを使って増し締め訓練も行い、新規参入者向けに工具の使い方なども含めて一からトレーニングする予定。トランジションピースとモノパイルを接着するグラウトの点検訓練も行い、疑似的にひびを入れてその計測方法やトランジションピースとモノパイルのずれなどを確認する。
 訓練のデモンストレーションに協力したニッスイマリン工業(北九州市戸畑区)は、「この設備のシミュレーターで訓練して現場に行って頂いた方が安全確保の面が各段に向上すると感じた。当社で基本訓練を受けて頂き、こちらのシミュレーターで訓練を実施して頂ければ、より安全に貢献できると思った」と感想を語った。

訓練設備の外観

船舶からの乗り移り訓練に使用するシリンダー

デモンストレーションであいさつする北拓の吉田会長(左)

報道陣の取材を受ける北拓の林社長(右)と吉田専務

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