2024年5月14日無料公開記事洋上風力発電

「地元に好循環をもたらしたい」
日本郵船・下村秋田支店長に聞く

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下村氏

 日本郵船が2022年4月に設置した秋田支店。設立と同時に現地に赴任した下村達也秋田支店長はその活動について、「大切なのは地元と共に長期的、安定的に発展していける関係づくりと環境づくり」と語る。この2年間の活動を通じて、「課題や、どこにどのような人がいるのかが見えてきたことは財産。これを基に具体的な活動につなげていく」。4月には産官学連携で進める洋上風力発電・海洋人材の訓練センター「風と海の学校 あきた」が開所した。先行して取り組む洋上風力発電分野について、「地元の経済活性化と産業発展、雇用拡大、人口減少の緩和などに繋がり、われわれの事業環境整備に相通じる。同じ方向を向いて取り組んでいける」との認識を示した。

 — 支店開設からこの間の活動は。
 「秋田をはじめ東北地方が洋上風力発電の先行地になる中、CTVやSEP船といった間近で具体的な事業への取り組みに加えて、洋上風力をきっかけとしつつ、広い視野でアンテナを張るつもりで着任した。多様な企業がある中で、当社がどのような理念や価値観で動いているかを積極的に発信してきた。また、地元の商工会議所や経済同友会の活動に参加することで、秋田県の社会課題も見えてきた。その課題とは端的に言うと人口減(への対応)であり、行政・医療・教育などのサービスが回らなくなる恐れがある。秋田は日本における課題先行県ともいえ、東北のみならず日本全体がやがて直面する人口減を一足先に経験していく。人口減による悪循環をいかに断ち切るか。当社の取り組みが少しでもそのお役に立てればと願う。地元の皆さんは最初からわれわれを温かく迎えてくださった。大きな期待の表れであり背筋の伸びる思いだ」
 — 活動の方向性は。
 「洋上風力発電への貢献と、2022年2月に秋田県と締結した包括的連携協定に基づく幅広い取り組みの2本柱で進める。目指すのは、再生可能エネルギーを推進力として地元と一緒に紡いでいく共創モデル。洋上風力は長期間にわたってエネルギーの安定供給が求められるため、長期で安定したかたちでの事業展開が必要な分野だ。洋上風力を起点として、持続的な発展に寄与していきたい。再エネ分野の事業を行うとともに、当社がここに来たことで賑わいや新たな経済活動を創出できれば、さらに人が集まり、新たな事業機会が生まれる。それがさらなる人の流れを生む。このような好循環をつくり、地方創生につなげられる存在になりたい。その視点でいうと、『風と海の学校 あきた』は大変有意義な取り組みになるだろう。また、再エネ以外でも、客船を活用した盛り上げも考えられる。環境保全に関しても、当社のノウハウを活用した取り組みの可能性を追求していきたい」
 — 「風と海の学校 あきた」はまさに地元との共創によるものになる。
 「訓練センター建設に当たり、GWO(洋上風力発電作業員向け基本安全訓練)/STCW(同船員向け基本安全訓練)の認証取得に必要な場所の選定や要件に見合うべく施設の改修が必須であった。最大10mの深さを有する同校の温水プールや実習棟一部スペースの供与や、消火訓練用地として同校に隣接する小学校跡地の使用を認めていただいた。さらに、関連施設の改修についても柔軟なご判断をしていただき、認証要件を満たせたことに加えて、プロが受ける訓練を間近で感じられる環境に整備できた。これは秋田県や男鹿市、男鹿海洋高校のご支援の賜物であり正に産官学連携の具体例となる。このような環境は将来の進路選択の一助にもなる。シミュレータや消火・生存訓練施設については授業でも活用していただくつもりで、学校の価値向上にもつながるだろう。実際、この春の海洋科の新入生は前年より大きく増加し、地元のみならず、関東・関西の中学生の親御さんからの問い合わせもあるときく。技量を備えたプロ人材の継続的輩出という主目的に加え、次世代人材の裾野拡大や地域活性化にも目配りした『地方創生の拠点』となることを目指し、担当者一同、大きなやり甲斐を感じながら取り組んでいる」
 — CTVなど洋上風力向けの船舶事業も秋田で予定している。
 「これまでの船員の働き方は、一度乗船すれば何日も家に帰らず船上で働く勤務形態が主だったが、CTVは発電事業が行われる海域が職場であり『日帰り勤務』となるので地元に住んで働く乗組員が不可欠。特にO&M(運用・保守)フェーズは長期間続くので、プロジェクトに張り付く船を保有していくことになるだろうし、それに合わせて乗組員の雇用を進める必要がある。発電事業が2028年に開始されることを踏まえると26年後半から27年初頭にかけてCTVの需要が出始めるだろう。それに向けて地元の秋田曳船と準備を進めている。洋上風力は近隣県にも広がっていく。秋田で先行して取り組み、得られた知見は他地域への展開に活かしていける」
 — 地元への影響をどうみるか。
 「洋上風車のメンテナンス人材も洋上風力に関わる船舶の船員も、持続的に地元で輩出していく必要があり、人材需要が生まれる。秋田の4~5つあるプロジェクトを合わせると、CTVだけで陸上の人員を含め100人近くの規模を見込むが、船のメンテナンス、消耗品や燃料の手配など新たに構築されるサプライチェーンによっても地元にさらなる波及効果が生まれるだろう。秋田に洋上風力関連の人・モノ・情報が集まり、産業クラスターが形成されてくれば、さらにさまざまなものを惹きつける。今までなかった仕事が生まれ、若者にとっても県内での職業選択肢が増えるだろうと期待している」
 — 建設時にはSEP船も投入するなど、さまざまな船が秋田で活動することになる。
 「SEP船の乗組員は多い時には100人以上になるので、一時的ではあるが、いわばマンションが出現するようなもの。数カ月間を過ごすために日用品やごみ処分などのサービスも必要になる。乗組員交代の際は、乗下船する人が行き来し、滞在したりするので、地元にとっては、特に観光や小売の分野での商機として活かしていけるのではないか」
 — 秋田支店として当面、重点的に取り組みたいことは。
 「まず、中短期の課題として、洋上風力発電と地域活性化の2つの視点から取り組むことで、地元との共創を基盤に洋上風力発電関連事業を軌道に乗せること。もうひとつは、わが国の中長期的な課題である海洋人材確保への貢献、つまり次世代やその次の世代の子供たちが海洋関連の仕事を選択できるように日本の船社としてその可能性を広げていくこと。そのためには、より多くの子供たちに先ず興味を持ってもらうことが大事。一例として、文響社と共同開発した海運と船員の仕事についての学習参考書『うんこドリル 海の物流』計1万3342冊を今般、秋田市の公立小学校40校に寄贈した。また、当社は数年前から、現役の船長や機関長が学校を訪問する出前授業(実習や講演)も行っている。外航客船にはホテル部門やレストランのスタッフなど、操船に携わる船員(海技士)以外の多種多様な乗組員も乗船している。例えば“飛鳥Ⅱ”見学会を通じて、子供たちに広い意味での“船の仕事・海の仕事”に興味をもってもらうのも有意義だと思う。成果が出るまでに時間のかかる取り組みだが、当社には多岐にわたるプロフェッショナルがおり、当社ならではの貢献が出来るだろう」
 「秋田支店の担当地域は秋田、青森、山形、新潟の4県。ただし、CTVや訓練センターなどは事業ごとにパートナーが異なるので今後、支店を巨大化して運営実務を担うのではなく、個別事業ごとに各々最適な体制を整えていくことになるだろう」
(聞き手:日下部佳子)

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