2025年6月2日無料公開記事
ケミカル船採算回復がカギ
飯野海運・大谷祐介社長インタビュー
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中期経営計画のKPI達成目指す
飯野海運は今期に最終年度となる中期経営計画の業績目標の達成に向けて、ケミカル船事業の採算回復がカギを握る。今期は主力のケミカル船やガス船の市況軟化で減益を見込むが、大谷祐介社長は本紙インタビューで「中計で定めたKPIを上回る結果を出したいと思っており、それに向けては特にケミカル船事業でどう収益を回復させるかが重要となる。効率的な配船などで収益向上を目指したい」と語る。ケミカル船事業では、中南米など新規航路の開拓や新燃料輸送といった新たなビジネスへの取り組みを積極的に進める方針。また、将来の競争力維持に不可欠な船隊更新を着実に実行していく考え。
■前期減益も歴史的には高水準
― 前期決算の評価は。
「3カ年の中期経営計画2年目となった前期の業績は数値目標を上回り、全体としては悪くなかった。過去3番目の好業績だった。しかし、内情は楽観できない。ケミカル船、ガス船ともに期中から市況は右肩下がりで推移し、辛うじて目標を達成したのが実感だ。ガス船市況は下落が目立った。ただ、ケミカル船市況は期初が高水準だったことで下がって見えたが、平均すればまずまずの成績だった」
― 今期の業績予想は減益を見込む。中計最終年度の数値目標を下回る見通しだが。
「米国の関税政策など不透明感が強い現状を反映した予想だ。中国経済の減速を見込んだことが大きい」
― 業績予想に米国の関税政策や中国建造船への入港料課徴案による影響を織り込んでいないが、その理由は。
「当社船隊で、中国関連の建造船は大型原油船(VLCC)2隻のみであり、発表された措置案もかなり緩和されており直接的な影響はない。関税の影響については当社の不定期船事業において定量的に見通すことが難しい。当社の場合、ケミカル船とドライバルク船において米中間の輸送実績はあるが、スポット輸送のみなのでこれを回避すれば直接影響はないと判断した」
「相互関税で貿易フローが変化する可能性はある。高関税の影響で買い控えや生産量の減退、生産拠点の変更などが生じれば、マーケットに影響が出るのは必然。ただ、それが見えてくるのはしばらく経ってからだろう」
■ケミカル船の航路さらに拡大
― 事業別の見通しを伺いたい。まずケミカル船は。
「ケミカル船市況はもう一段下落すると見ている。関税問題が出てくる以前からの中国経済の減速や石油化学製品の自国生産の増加により、原料輸入が減少する想定だ。当社では輸送全体のうち7割が数量輸送契約(COA)だが、市況軟化に伴い更改交渉で従前の水準維持が難しくなっており、これも減益予想に織り込んでいる」
「関税問題が長期化するほど、中国は自国でサプライチェーンを構築するだろう。その場合、原料輸入のための海上輸送量は減少する可能性がある。国内で製品が余剰になれば輸出が増加する可能性もある。長期視点で注視が必要だ」
― ケミカル船事業で注力したい点は。
「航路や貨物の拡大だ。当社が主力とする中東航路に加え、中南米航路などのビジネスも出てきており、新規航路の開拓により注力したい。トンマイルが長いビジネスがあると、市況低迷時には余剰となった船腹をどう活用するかに集中でき、また、商売が増えれば船隊の増強を検討できるなど、ダイナミックな動きが描ける。加えて、バイオ燃料など新燃料の輸送といった新規ビジネスにも積極的に取り組み、事業規模の維持・拡大を目指したい」
― ガス船事業の見通しは。
「ガス船市況は、従来は堅調を見込んでいたが、米国の関税政策の影響が及んでいる。米国から中国へのLPG輸送が困難となったことで、航路に変化が生じている。例えばLPGは、米国産が欧州や東南アジアへ向かい、中国は中東などから輸入する動きが出てきており、全体としてトンマイルに大きな変化はなさそうだ。大型LPG船(VLGC)は、今年は新造船の竣工量は比較的少なく、近年竣工した船舶の初回入渠が多い。供給増が相殺されることで需給バランスは保たれる可能性があるものの、米中の貿易戦争により不確実性が高まり、中国の石油化学向けLPG荷動きは不透明な状況だ」
「当社のVLGC船隊のうち市況連動の船は1隻のみ。これが収益に影響する可能性があるが、その他は中長期契約に投入されており、事業基盤としては安定している」
― 大型原油船、ドライバルク船はどうか。
「VLCCは長期用船契約に投入されており収益基盤は安定している。前期は中計に基づいて、環境性能の高い新造VLCCとしてメタノール燃料船の発注も決めた。これに続く船隊更新ができると良い」
「ドライバルク船は、国内ユーティリティ向けに環境性能の高い新造船の中長期契約を獲得することを目指していたが、現時点では競争力が優先される市場環境だ。船価高騰もあり、マーケットの既存船をうまく活用していく傾向にある。既存船への風力推進補助装置(ローターセイル)を搭載した船の運航も開始しており、この実績を積み重ねることで、新たな引き合いが増えることを期待する。また、ドライバルク船は市況変動が大きいので、一定数はCOAで固め、エクスポージャーの少ない運営をしていく方針だ」
― 不動産事業の見通しは。
「既存の保有ビルにおいては引き続き安定収益を見込む。新規投資は国内外で良質な案件があれば検討したい」
■継続的な船隊更新が不可欠
― 中計最終年度の取り組み課題は。
「業績面ではあらかじめ定めたKPIを上回る結果を出したいと思っている。前期に減益が目立ったのはケミカル船とガス船。ガス船は、市況連動船における市況の影響が大きいので、ケミカル船事業でどう収益を回復させるかが重要となる。効率的な配船などで収益改善を目指したい」
― 3年間で計1000億円とする投資計画は既に85%達成した。
「これまでの投資実行は順調に進んだ。足元では市況軟化の影響で雰囲気が沈みがちだが、当社の船隊規模を考えると継続的な船隊更新が不可欠。船齢が進み船隊が縮小すれば収益力は低下してしまう。新燃料の方向性が定まらず、船価は高騰、新造船を発注しても納期が先になるといった環境の中だが、特に自社船の多いケミカル船隊は船隊更新が重要になる。今期は将来を見据え、やるべきことは実行していきたい」
― 来年度からの新中計の方向性は。
「これから検討していくが、現中計の終了が迫る中で課題は少なくない。特に投資と環境対策は、これまでより長期的なスパンで取り組むことが求められる。投資家の間では資本効率の向上や配当政策が強く意識されており、これらも主な柱となるだろう。また、人的資本の戦略も極めて重要だ。人、投資、環境といった要素を統合したストーリー性のある成長戦略を描いていく必要があると考えている」
― このほど国際海事機関(IMO)の脱炭素規制の内容がおおむね固まった。影響をどう見るか。
「インパクトは極めて大きい。従来の規制と異なり、コスト負担増が懸念される。顧客とのコスト負担の調整が課題となる。コストも従来の規制より大きくなる可能性があり、ある程度の自己負担も考慮する必要がある。そういったことを踏まえると、初期投資は高額となるが、二元燃料船の整備などでコスト負担を軽減するほうが良いことも考えられる。今後、経済性の検証を重ねていく」
― 船舶管理については、インハウス船舶管理会社で新燃料船の管理を開始した。
「以前からメタノール二元燃料船の管理実績はあったが、このほどLPG二元燃料VLGCの管理を外部委託から自社管理に切り替えた。今期はエタン焚きのエタン船も竣工してくるので、いずれは自社管理していきたい。このほど外航LNG船を売船したことで自社管理の外航LNG船はなくなったが、ガス船管理の知見を新たな船などに活用することができるだろう」
(聞き手:中村直樹、日下部佳子、横川ちひろ)