2025年1月29日無料公開記事海事都市今治の20年
商社に聞く海事都市今治
《連載》海事都市今治の20年
船主の規模拡大、造船・金融が後押し
双日・緒方耕介航空・船舶アセット事業部船舶第一課課長
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双日の緒方耕介航空・船舶アセット事業部船舶第一課課長は、今治と世界の海事都市を比較して「海事クラスターが一枚岩になってビジネスを完結できるのは今治特有なのではないか」と指摘する。船主は船隊規模を大きく拡大させたが、船主自身の努力に加えて、「そこに造船所が存在し、サポーターとして金融機関が存在した。船舶管理会社を含め非常にサポーティブな環境が整っていた」とする。
■船主とともに成長
― 今治海事産業の強みや特徴などをどう考えるか。
「今治には、船主、造船所、舶用機器メーカー、金融機関、船舶管理、保険会社、商社が存在し、強い海事クラスターが形成されている。日々、国内・海外の顧客が訪問する場所である。世界でも類をみない国際海事都市であり、情報集積地でもある。日本の海事産業をけん引する最重要拠点との位置づけだ。この強い海事クラスターのなかで船主は大きく飛躍し、船隊規模が急拡大したにも関わらず、国内の新造船建造の能力は縮小傾向にある。そのアンバランスをいかに解消し、拡大する船主の新造需要にどのように応えていくかが今後の大きな課題になると考えている」
― 世界の海事都市と比較した今治市の特徴はどこにあると思うか。
「海事クラスターの存在こそが最も大きな違いだと思う。ギリシャは、金融機関はあるが、舶用機器メーカーなどの製造業がほとんどない。韓国は造船、舶用メーカーとも製造業は盛んだが、専業船主は多くない。オスロは、製造業は存在するものの、われわれが主にディールしている一般商船というよりもリグなどのオフショア関連を対象にしている。いわゆる流動性の高い、汎用性のある船舶資産をサプライするソースはあまりない。シンガポールは、欧州のオペレーターの出先も多く、日本船主の第二の拠点になりつつある一方、一般商船の製造は行っていない。海事クラスターが一枚岩になってビジネスを完結できるのは今治を中心とした日本特有のものである。日本全体では東京にオペレーターがいて、こうしたオペは世界に名だたる会社ばかりだ。そこは日本の大きな強みだろう」
― 今治は製造業の造船・舶用機器メーカーと船主・金融が存在するまれな都市ということか。
「そう感じている。お互いに前向きな持ちつ持たれつの関係で、切磋琢磨もしている。製造業も船主へのリスペクトを常に持って接している印象が強い。造船所首脳の船主への接し方1つを見ても、船主と共に成長していく姿勢を強く感じる。船主の存在を大事にしている土地柄だと感じる」
― 過去20年間の船主、造船所、舶用機器メーカーの大きな変化は何だと思うか。
「20年前と比べて、船主、造船所、舶用機器メーカーともに規模が格段に大きくなり、手掛ける船種・船型も多様化した。20年前の造船所は今の規模感ではなかった。中小の造船所を買収して、卓越した経営手腕によって大きく規模を拡大された。それと並行して船主も投資を進めた。この20年間で船隊規模が10倍になった船主も存在するし、名だたるオペレーターと取引している船主もいる。ただ、このような規模拡大は船主だけでは決してなし得なかったと思う。そこに造船所が存在し、サポーターとして金融機関が存在した。船舶管理についても、自社管理している船主、外部の管理会社を起用する船主といろいろだが、非常にサポーティブな環境が整っていたことは間違いない。保険会社もかなりの数の営業担当者を現地に置いて、何かあればいつでも飛んでいける体制で、毎日寄り添ってサポートしている印象がある。商社の営業とはまた違うかたちでの深い関係を構築しておられた」
― 海外との接点が広がったことも変化として大きい。
「船主の皆さんも海外オペレーターなどとの商売が増え、各社の工務・海務陣もノウハウが蓄積されて国際化に拍車がかかった。今治へは海外顧客の訪問が大きく増えたと思う。とてもすてきなことでもある。今や日本でも指折りの国際都市であり、船主の次世代は国際的な御仁が増えた。金融機関の中にはシップファイナンスを専門にする部隊もでき、英語が堪能な人材を配置し、国際ビジネスを今まで以上に支援できる体制が整った。私が今治に駐在していた時はまだ海外との接点はそれほど多くなかったので、それが最近は加速している印象を受けている」
「一部の船主はギリシャ船主のようにマーケットで船を運航するパターンも出てきた。用船先を決めずに新造船を発注し、長期用船をつけずに運航していく形が増えてきている。それが一番稼げるビジネスモデルという理解が広まった影響もあるのだろう。今後もビジネスモデルが大きく変わっていくかもしれない。量より質の世界に入っていくことも考えられる。それだけ船主の体力がついたということだろうし、健全な財務内容になっていると思う。銀行も新たなビジネスモデルに対応できる状況になった」
■船主は今後も成長
― 双日の船舶部門の今治での拠点の歴史などをうかがいたい。
「当社の場合、旧ニチメンが1946年3月に繊維ビジネスの拠点として今治事務所を開所している。船舶部門としては2002年に駐在員を配置して今治での活動を開始し、今日まで駐在員を置き続けている。船舶部門の今治所長で数えると現在が9代目になる。今は営業担当者2人を含めた3人体制で、愛媛県を中心に四国全域をカバーしている。私自身も3年半の駐在機会をもらい、今治は第二の故郷だと思っている。今治駐在を共にした他の商社の方々は戦友だ。船主の皆さんも若手商社員にたくさんの金言をくれ、叱咤激励もしてくれた。日々学ぶことばかりで、モチベーションを高く維持でき、その船主さんの社員であるかの如く働かせていただいた良い思い出ばかりである」
「双日は2004年4月に合併して現在の形になっており、2024年4月で20周年を迎えた。今治の皆さまには今治市合併20周年ならびに今治FCのJ2昇格にお祝いを申し上げたい」
「われわれの顧客である船主さんが立ち上げた株式会社今治あきない商社(今治に本社を置く地域商社)によるPRイベントを11月に双日本社で行い、船舶以外の社員にも今治の魅力を知ってもらう機会を得た。船舶とは無関係な社員が今治の名産品に触れ、楽しんでくれた様子がとても印象的で、個人的にも非常にうれしかった。今治を盛り上げる企画ができたと思う」
― この間、商社のビジネスモデルはどのように変化したか。
「以前は商社が主契約者になっての新造船の輸出案件が多かったが、それも変わってきた。2008年のリーマン・ショック以降、造船所も商社に主契約を求めないケースも増えた。最近では新造船のブローキングに加え、SLB(セール・アンド・リースバック)のようなファイナンスディールに取り組むことが増えてきた。新造船価が高止まりしている中で、用船契約が終了したときの残価リスクへの危機感も増しており、その対抗手段として与信の高い相手先とのSLBの商売が増えている」
― 今後、双日として今治海事クラスターにどう貢献するか。
「双日がどうしたいかというよりも、顧客が何を望んでおられるのかが商売の出発点だと常に考えている。船主からの需要は日々刻々変わっていく印象がある。10年前にはSLBのような手法は少なかったが、ここ数年で一気に増えてきた。これは商社主導ではなく、船主にそのようなニーズがあったのでそれに応えていった結果だ。総合サービスプロバイダーとして船主が求めるものに向き合い、最適なソリューションを提供していくことが、われわれがやらねばならないことだ。それが例えば舶用機器のレトロフィットであれば、われわれとしてもそこにソリューションを持ちたいと思う。船主に長く起用いただく唯一の方法は、船主の需要に応えていくことではないか。今治の船主とは船舶以外にも航空機などでも商売が始まっているし、それ以外にもポテンシャルのあるマーケットだと思っている。どのような需要を船主がお持ちかを正確に理解して、当社として最適なソリューションを提供できれば素晴らしいことだ」
― 海事都市今治は今後どうなっていくと思うか。
「船主が今後も成長していくのは間違いないだろう。ただ、大きなアセットを持っている船主だからこそ抱える課題もある。その解決の手段として、拠点を海外に移すケースも増えている。また、造船所の建造隻数が縮小傾向にある中、船主だけが大きくなっても、大きな胃袋は満たされないので、造船所にもさらなる拡大に期待したい」