2025年1月28日無料公開記事海事都市今治の20年 商社に聞く海事都市今治

《連載》海事都市今治の20年
互助精神で安定収益生む海事都市に
三井物産・村田浩一モビリティ第二本部長補佐

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 今治市の海事クラスターについて、三井物産の村田浩一モビリティ第二本部長補佐は「長い歴史がありボラティリティがある船舶マーケットにおいて、お互いが助け合いながら安定収益を生み出しクラスターを形成してきた地域だ」との認識を示す。意識面でも独自の文化があるという。「『人の足元を見るな』『揚げ足を取るな』『顧客との関係では勝ちすぎてはいけない、半分より少し勝っていれば良い』『ウサギに勝つカメ』というような文化がある街。世界でも類を見ない海事都市、それが今治だと思う」

■地銀が存在感

 ― 海事都市・今治の強みや特徴をどのように考えているか。
 「今治は地形的に天候に恵まれており、造船所が集積。船主、舶用機器メーカー、銀行等が集まる世界でも稀な大海事産業エリア。舶用メーカー、船舶管理会社、商社、ブローカー、金融機関などを通じて、船主同士が一定の距離を保ちながらも情報共有でつながっているため、活きた現場情報があり、われわれを含めた業界関係者には高いレベルのサービスが常に求められる。クラスターの真ん中には日本人が誇るべきクラフトマンシップの造船業があり、性能の良さ、デザインと建造完成度の高さは世界的に高い信頼を得て、日本製ブランドとなってきた」
 ― 海外拠点が豊富な商社の立場から見て、世界の海事都市と比較した今治の特徴は。
 「日本は造船国としては、政府が大きくサポートしている韓国や中国と異なり、今治市といった自治体がバリシップの開催等で直接支援、民間企業がお互いの長年の結びつきで難局を乗り越えてきた。船主国としても、中古船主体から始まったギリシャとも異なり、新造船主体のリスクマネジメントが根付いている。船舶融資を手掛ける金融機関の基盤があることも今治の特徴だろう。ドイツのハンブルクにも船主は多いが、過去のKGファンド問題で船舶融資から多くが撤退し、倒産した銀行もあった。銀行の業績不振で縮小を余儀なくされたハンブルク船主と比べても、今治船主を取り巻く地場財務基盤は非常に強いものがあり。ボラティリティある環境で事業を長年継続して安定成長していくのに適した都市」
 ― 船主、造船所、舶用メーカーそれぞれについて、過去20年間で見られた今につながる大きな変化を挙げてもらいたい。
 「船主については、昔は邦船オペレーターの案件が主体だったが、2000年頃から海外船社の長期用船案件を手掛け始め、用船者の多様化を進めていった。さらに進化し、昨今では規模の大きい船主は長期用船だけではなく短中期用船も始めて、船隊のポートフォリオを構築して利益を上げるような体制になった。規模が大きくなると償却資産が必要なこともあり、最近ではメガコンテナ船、LNG船、VLGC等、取組み船型を大型化している船主もいる。また、長期用船新造船案件だけでは賄いきれない償却需要があるため、SLB(セール・アンド・リースバック)にも取り組んでいる。BBC(裸用船)とTC(定期用船)によって船舶管理のバランスを取っている船主もいれば、BBCに舵を切っている船主もいて経営方針も多様化が進んでいる」
 ― 造船所の大きな変化についてはどうか。
 「本邦造船所も大きく変わっていきた。旧大手重工系造船所が軒並み造船から撤退している一方で、オーナー系造船所は素早い決断で生き残り、成長を続けているし、大手の重工系造船所を吸収合併しているところもある。オーナー系造船所各社にも特徴があって、海外へ進出しているところもあれば、工場を国内に絞っているところもあり、経営方針が多様化している。また、最近は脱炭素技術対応で設計キャパシティーが不足しており、中小造船所は特に単独個社では設計リソース確保が厳しくお互いに協力していく必要があるものと思う。その他、工員の人材不足が深刻なことや鋼材の内外価格差等の問題も出てきている」
 ― 舶用メーカーはどうか。
 「昔は国内に工場があったが、今では海外に生産拠点を移転している舶用メーカーも多い。技術力の高い欧州など海外のメーカー、エンジニアリング会社やインテグレーターの技術を取り入れたり、積極的に中国市場に進出したりしている」
 ― 今治の船主、造船所、舶用メーカーが海外に目を向けたというのがこの20年間の大きな変化になるのか。
 「それはあると思う。今は海外船会社向けの用船の方が多いという船主も増えている。この業界は海外の人とでも同じ目線で分かり合えるパートナーを見つけやすいのかもしれない」

■多彩なサービスを提供

 ― 三井物産船舶部門の今治市でのビジネスモデルや拠点などの歴史や現状を教えてほしい。
 「われわれの船舶ビジネスは歴史が長く、四国には1970年代から船舶の駐在員を派遣していて、商社の中では早かったと理解している。今では定番の新造船を対象とした長期用船のパッケージ案件を当社が他社に先駆けて取り組ませてもらったのではないかと思う。今治の皆さまとは長きにわたってお付き合いさせて頂いており、おかげさまで1998年には今治分室を設立。2022年には東洋船舶の今治分室も設置」
 ― 現在もパッケージ案件がメインなのか。
 「現在はより柔軟性が求められていて、従来からのパッケージ案件だけではなく、単純に船台をお売りし、後で用船を付けたり、SLBの仲介も含めて提供するサービスが多様になってきている。このため、船主が何を欲しているのかを理解し、知恵を絞ってそれに的確に応える解決策の提供をしていかなければならないと考えている。当社は東洋船舶にて用船、中古船も手掛けている。世界中に海外拠点もありネットワークがあり、多様なサービスを提供したいと思っている」
 ― 今後、今治海事クラスターに対しどのように貢献していくのか。
 「当社は、船舶事業領域においては船を『つくる』、『もつ』、『つかう』という船舶バリューチェーンの強靭化・延伸を戦略として掲げている。さらにDX化、低脱炭素化の推進にも貢献していく方針で、この2つのテーマに沿って、重要な海事クラスターである今治にどのように貢献できるかを考えていく。脱炭素、業界再編、地政学リスク、世代交代、人材不足、資金調達などのそれぞれの課題に対して需要に沿って支援していきたい。良きパートナーとしてご相談に乗り、解決策を提案したり、お客さまの発展に貢献していきたいと考えている」
 ― 世代交代や業界再編についてはどうか。
 「次世代の方たちが海事都市・今治を発展させていくことは非常に重要なテーマなので、力を入れて支援していきたい」
 ― 三井物産の船舶部門の強みはどこにあるのか。
 「船舶事業はネットワークビジネス。われわれは国内外に多くの良きパートナーを持ち、一緒に事業を展開しており、当社の強みにつながっている。われわれは商社として最先端の情報に触れ、脱炭素等将来の方向性を決める重要分野においてはファーストムーバーとしての役割を果たしていく。そこで得たものを皆さんに展開していくのもわれわれの重要な役割だと思っている」
 ― 海事都市・今治は今後どのような形になっていくと考えるか。また課題は何になると思うか。
 「今治の船主群は底力があり、船隊規模も大きいが、もっと成長していってほしいと思っている。船主も自ら寄付金を出して街づくりに貢献したり、サッカーチームのスポンサーになったりしているが、街に『人』、『物』、『金』を集めて盛り上げていくことは非常にすばらしい取り組みだ。今治が船も人も集まる街になれば良いと思う。船主の課題は船舶管理のキャパシティ・人材不足にどのように対応していくか、厳格化している海事ルールにしっかり対応していく人材をどのように確保していくか、いかに次世代の後継者にスムーズにバトンタッチしていくかなどがあると思う。一方、造船所の課題は設計のリソース不足、労働力不足、鋼材の内外価格差、機器の調達などになるだろう」

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