2025年1月27日無料公開記事海事都市今治の20年 商社に聞く海事都市今治

《連載》海事都市今治の20年
強くなった船主、ギリシャ型に
住友商事・豊田高徳船舶海洋SBU長/住商マリン・東井直彦社長

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豊田氏(左)と東井氏

 今治の海事クラスターについて、住友商事の豊田高徳船舶海洋SBU長と住商マリンの東井直彦社長は、国家が税制優遇などで誘致して作った海事都市ではなく「歴史的な背景から自然発生的に海事クラスターが生まれており、シンガポールなどとは異なる」と話す。今治船主はリーマン・ショック後の大不況期の経験を生かし、短期用船やBBC(裸用船)などビジネスモデルを多様化させた。「船主は強くなった。ギリシャ船主に近い形になってきた」との認識を示す。

■リーマン後の経験生きる

 ― 海事都市・今治の強みや特徴をどのように考えているか。
 「今治には船主、造船、船舶管理、保険、金融、舶用メーカーなど、オペレーター以外の全てが集まっている。世界にも海事クラスターが集積している都市はあるが、今治のようにクラスターのほぼ全てが揃っていて、一気通貫でビジネスができる都市は皆無だ。あえて似ている都市を挙げれば中国の上海やノルウェーなどになるが、今治はそれとも少し違う。今治は船主と造船所が二人三脚のように共存共栄で一緒に育ってきたが、他の海事都市にはそれがない。しかも歴史的な背景から自然発生的に海事クラスターが生まれており、国が税制優遇などで誘致したわけではない。シンガポールなどとは異なる」
 ― 世界の海事都市と比較した今治の特徴は他にあるか。
 「英国のロンドンも海事都市だが、大英帝国をどのように強くしていくかという観点で大きくなっていったと認識している。英国は大航海時代からの流れで、周辺分野の商売も盛んにしてきた。だからブローカー業や保険業などが発達した。一方、今治は実業が中心だ。資金が必要だから愛媛銀行の前身である『無尽』ができて、それで船を造ってきた」
 ― その他に特徴や強みはあるか。
 「2000年代に駐在した時、船主と話して驚いたのは、円/ドルだけではなくドル/スイスフランなどのクロスレートも頭に叩き込んでビジネスをしていたことだ。プラザ合意以来の円高の避難通貨としてスイスフランを使い始め、それから意図的にスイスフランを使ってきた。そういう長い歴史があるから円キャリー取引ができるわけで、これはすごい。地銀もマルチカレンシーで多通貨の融資をしている」
 ― 船主、造船所、舶用メーカーそれぞれにおいて過去20年間で見られた今につながる大きな変化を挙げてもらいたい。
 「昔は大半の船主がTC(定期用船)を志向していたが、今ではTCは儲からないからとBBC(裸用船)に積極的に取り組み、船のサイズやフリートを大きくしている船主もいる。一番大きな変化は、長い用船契約を付けずに発注する船主が増えていることで、中には用船なしで発注する船主も出てきた。リーマン・ショックの影響で用船者が倒れた時に、船主が短期でつないで上手く凌いだ経験をしたことが大きい。これで金融機関の姿勢も変わってきたし、船主自体も強くなった。今やギリシャ船主に近いビジネスモデルになってきている。地銀のサポートもかなり強力になったとの印象だ。20年前には短期用船の融資などあり得なかった。昔は船を造る時には船主の自己資金が少なくてもお金を借りられた。海運バブルの時には110%ローンなどもあったが、今は船価が高いので2割くらいの手金を入れないといけない。逆に言えば、それだけの手金を入れられるから用船が付いていなくても発注できるのかもしれない。海外との取引も増えている。25年前にはあまりなかったが、20年くらい前から少しずつ増えてきた。マルチカレンシー型で借入する船主も増えている。全体的にリーマン・ショックを経験して苦労した船主が新たに身に着けた知見を持って、さらに強くなったという印象はある」
 ― 造船所の変化についてはどうか。
 「今治造船も新来島どっくもコンソリデーションを進め、グループの造船所が増えたことで効率化が進んでいると思う。日本造船所のクラフトマンシップは海外からすごく評価されている。特に近海船など小型船になればなるほど品質の差が出ると言われており、『中国では絶対に造らない』という海外船主もいる。大手の今治や新来島だけでなく、今治には中小の造船所がたくさん存在し、建造船種の役割分担の中でクラフトマンシップを磨いてきた。日本造船所が得意とする船種と、中韓造船所が得意とする船種を建造していくことで、世界における棲み分けが確立していくのではないかと思っている」
 ― 舶用メーカーについてはどうか。
 「海外の舶用メーカーではコンソリデーションが進んでいる。日本はオーナー企業が多いからか、こうしたケースが少なく群雄割拠が続いているとの印象だ。昔と比較して高度な製品の供給が求められているので、今後再編が進んでいくのか注目している」

■改造船に注目

 ― 住友商事船舶部門の今治でのビジネスモデルや拠点などの歴史や現状を教えてほしい。
 「船舶部門のビジネスモデルは、昔は新造船と長期用船のパッケージ案件が中心だったが、今は半数以上が用船なしの案件になっている。ただ、建造契約を先に結んで、後で用船を紹介するとか、他の商社で決めた新造船に用船を付けるなどのケースもあるので、ビジネスが多様化している。昔は発注と用船のタイミングが一緒だったので、今では様変わりした。船主がそれに耐え得るだけの体力を付けてきたということだろう。また、昔は用船が切れた船は中古売船するのが一般的だったが、今では短期用船でつなぐなど船主の対応も変わってきており、それに応じてわれわれのビジネスも変わっている。用船者も今までは北欧や国内が圧倒的に多かったが、最近はSLB(セール・アンド・リースバック)の案件でギリシャ船主との取引が増えた。償却目的なのだろうが、20年前にはなかったビジネスだ」
 ― 東井さんは初代の今治駐在員だが、今治に駐在員事務所を置いた目的は。
 「国内船主とのディールを増やすためだ。その目的は今も変わっていないが、当時と大きく異なるのはカバー範囲だ。今治営業所は現在2人体制になっているが、メインでカバーしているのは四国および広島となる。私の時は西日本全域が対象だった。エリアが狭くなった分、取引先への対応はきめ細かくなっている」
 ― 船主が力を付けたことで、商社の役割も変わってきているのか。
 「船主にとって商社やブローカーは必要不可欠だが、商社に求められているものとブローカーに求められているものがあまり変わらなくなっているような気がする。昔は今治の有力船主くらいしか船台を押さえられなかったが、今は皆さんが力を付けてきたので直接船台を押さえることができる。新造と用船のパッケージ案件が減り、案件が細分化されてもいる。その分、商社の介在余地が減ってしまっている部分もある」
 ― 今後、今治海事クラスターに対しどのように貢献していくのか。
 「中国のヤードは20年前とはまったく違う。そもそも大きな造船所が、政府サポートも得て多額の設備投資を行い、最新鋭設備やDX・AIも導入することで、品質も大幅に改善して来ており、価格も日本よりリーズナブルで競争力を出していることから、特に大きな造船所で建造する大型船に関しては、日本造船所にとっての脅威となっているように感じている。世界でいま何が起きているのかを今治の海事クラスターにインプットしていきたい。海事産業が世界から出遅れてしまわないように、グローバルに多くの人の話を聞いて、それをできるだけ正確に伝えることで貢献していきたい」
 ― 商社に求められる新しい機能も今後出てくるのか。
 「今までのようにバルカーではこんな用船者がいますよ、という商売はこの20年間でもう出尽くした感はある。今後はバルカー以外、例えば作業船でこんなビジネスがあります、といったような新たな商売を見つけられれば良いと考えている」
 ― 海事都市・今治は今後どのような形になっていくと思うか。また課題は何になると思うか。
 「世界の造船キャパが減っている一方で、需要自体は伸びていくので、過去のように供給過多が行き過ぎて長い暗黒時代に陥るということはないだろう。造船キャパが足りない状態が恒常化する一方で船が必要となると、改造需要が増えてくるのではないかと思っている。新造ヤードやスクラップヤードのキャパの問題があるので、使えるものは改造してアップサイクルしていくという動きが出てくるはずだ。われわれはそこに商機があるのではないかと考えている。欧州では改造船が多いし、当社も改造船を持っているが普通に走っている。近海船を少し大型化するとか、脱炭素対策でエンジンルームだけ取り替えるとか、内航船もスクラップするところがないから薄くなった鉄板を補強して延命するとか、そういう改造工事ができれば強みになる。既存のものを使い続けるのだから環境にも優しい。今治の海事クラスターにとっても改造船は非常に面白いのではないか」
 「皆さんが深刻な課題と捉えているのは人手不足ではないか。それは日本特有の問題ではなく世界的な課題だ。海事産業、特に造船所は外国人労働者などを積極的に取り入れていくしかない。海外の一部造船所は人手不足で追い詰められて、海がない国の外国人なども連れてきている。中国は不況だから建設業のワーカーを造船で確保できているが、造船のスペシャリストの確保は難しいようだ。日本における海事産業の人手不足に対して、商社として何ができるかも考えていきたい」

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