2025年1月23日無料公開記事海事都市今治の20年
商社に聞く海事都市今治
《連載》海事都市今治の20年
今治船主とともに拡大
丸紅・遠藤智広船舶部長
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商社船舶部として初めて今治市に出張所を開設した丸紅。遠藤智広船舶部長は「当社の国内船主向けのビジネスも2000年代以降に今治船主とともに大きくなった」と話す。今治海事クラスターの過去20年について「船主、造船所ともリスク許容度が大きく変化した。特に日本の一部の船主が用船契約なしで新造発注するようなったことは劇的な変化だ」と指摘する。「日本は世界有数の船主大国で、船舶ビジネスとしての日本の重要度はさらに高まり、今治が海事クラスターの中心地であることは今後も変わらない」との見解を示す。
■商社船舶初の今治拠点
― 丸紅船舶部の今治市における歴史やビジネスモデルは。
「今治は世界に冠たる海事都市だ。当社が今治に事務所を開設したのは1999年で、商社船舶部として初めて今治に出張所を構えた。これまでに累計12人が駐在しており、現在は駐在員2人体制だ。当社は90年代半ばまで台湾・アジアを中心とした輸出船がビジネスの大半を占めていたが、90年代半ばから国内船主との取引を本格的に強化し始めていた。今治船主が90年代に徐々に規模を拡大されるなか、今治が今後マーケットやビジネスの中心になるだろうという予感めいたものがあり、そこで洞雲汽船の大河内源二社長からの助言を得て、今治に拠点を開設した。当時は邦船オペレーターの用船や東京の金融機関のファイナンスをパッケージにして国内船主に提案するのがビジネスの中心で、当社の国内課は2000年代以降に今治船主とともに大きくなってきた」
― 今治と海外の海事都市との違いは。
「今治は海運において、世界の中心都市の1つだ。船主、造船所、舶用機器メーカー、地場の金融機関が、世界の海事都市とは比較にならないほど集積している。例えば、現在はロンドン以上の海事都市になったシンガポールと比較すると、オペレーターや荷主、資源メジャーが本社機能を移す中で、用船の情報はシンガポールが充実している一方で、世界屈指の大船主と造船所がある今治には、業界のより広い裾野の人々が集まっているので、ビジネスに直結する情報が世界中から集まる。その情報をめがけて、世界中の海運関係者が、商談や意見交換のために今治に足を運び、さまざまなビジネスに発展している。そのような地位にある日本の産業は極めて珍しい」
「リーマンショックやコロナ禍で、一時的に海運マーケットが下落した際も、今治の船主は強かった。外航船の歴史が長いので、市況の荒波を見据えた堅実な船主経営で盤石な財務基盤を築いていた。また、地場の金融機関も知見が豊富で、海事クラスターを支える体制ができていた」
■世界を意識し、リスク許容度に変化
― 船主、造船所、舶用の今治の過去20年間の大きな変化は。
「内航船主が外航に進出するというフェーズが2000年当初にあったが、この20年で日本の船主は大きく変化した。その1つが海外オペレーター向けの案件の増加で、20年前は日本のオペレーター、日本の荷物、日本の金融機関といういわゆる日本株式会社の案件が中心で、日本のオペレーターの長期用船なしには案件組成が難しかった。それが長期用船の減少や情報網の拡大により、皆の意識が変わり、海外用船案件の増加とともに船型や船隊規模を拡大された。かつては商社の海外駐在員しか名前を知らないような海外オペレーターが世界中にいたが、海外案件の増加とともに、そうした名の知れない海外オペレーターはもはやほとんどなくなった。金融機関も徐々に融資対象の間口を広げて、海外用船案件が増えていった。海外案件の増加という点ではわれわれ商社が貢献できた部分があったと思う」
「数年間の市況高騰と円安により、船主の財務体質が格段に強化された。日本の一部の船主が用船契約なしで新造発注するようなったことは劇的な変化だ。20年前に『将来、世界に伍するには、ギリシャ船主のように強いビジネスモデルが必要。すなわち、借入金・長期用船に依存せず、自己資金を厚く投入し、用船フリーの船を保有すべき』と話されていた船主が、既に数十隻規模で実現されているのは、まさに時代の波を読み解く力であり、変革の力だ」
― 造船所の変化は。
「造船業は、日本海事クラスターの強さの源泉である。日本の造船所は世界中から集まる情報を基に顧客の要望を先取りし、船型の大型化や低燃費化など、次世代を担う船型開発をリードしてきた。世界的な信頼を得ている日本建造船へのアクセスを求めて、国内外から案件が持ち込まれるので、造船所は海事クラスターの中核的存在。建造量においても、日本全体では、効率化と競争力向上を目指した合従連衡が進み、造船所の数自体は減少したが、今治地区の強い造船所の建造キャパシティは減っていない。今後も造船所は、日本船主が大きな成長を続ける中、日本での建造量を増やして、国際競争力を向上し、世界の海運をリードし続ける存在だ」
― 舶用メーカーはどうか。
「日本の舶用メーカーは世界的に非常に高い評価を得ている。世界シェアも高く、業績も安定しているので、将来的なアフターサービスにも心配が無い。海外造船所で建造する場合も、特定の機器だけは日本製を使いたいという強いニーズが国内外の船主にある。今治の造船所はそうした強みを持つメーカーと歴史的に強固な関係があり、協力しながら成長していることが競争力につながっている」
■商社の世界ネットワークでフルサポート
― 今治の海事クラスターに対してどのように貢献していくか。
「日本は世界有数の船主大国で、船舶ビジネスにおいて日本の重要度はさらに高まり、今治がその中心地であることは今後も変わらない。海運業界の中で最も大きなリスクをとっているのが、自己資金を投入してアセットを保有している船主なので、われわれは船主の要望を実現するのが第一の使命と考えている。船主の成長戦略を実現することが、ひいては日本の造船所、舶用機器メーカー、オペレーター、金融機関、保険会社の発展・成長につながると考えており、それが商社船舶部の存在意義だ。また、トレーディングのみならず、当社で手掛ける自営船事業でも今治の造船所、船主と深い関わりがあり、当社の保有船も現在の50~60隻体制を維持して、海運業界に貢献していく」
「海事都市・今治が変革・成長してきたように、総合商社が目指す姿も20年前とは変わっており、時代によって各事業部門への資本・人財のアロケーションも変動する。そのような総合商社の組織内で、海運業界の認知度を高め、経営陣のコンセンサスを得て、組織と事業領域を拡大していくことが重要だ。当社は造船所やオペレーターと、経営トップ同士の対話を積極的に行うことで、経営陣の理解が深まっており、海事クラスターへのサービスの充実や貢献にもつながっている」
― トレーディングを事業会社化した商社もある。
「商社各社がそれぞれ違う方向に舵を切ったことで、特色のある商社同士の健全な競争が、業界を活性化させると考える。当社にとって、トレーディングは組織のルーツであり、安定的に利益を上げている事業だ。自営船や事業投資においても、確実に戦略実行を進めていくためには、お客さまとの関係、トレード事業からの情報が全ての起点になるので、若手の抜擢も含め、精鋭を数多く配置している。当社はトレードと事業投資の人財ローテーションも活発なので、今後も本社に組織を置いて一体運営していく。商社は根底に、ものを売る力が必要。売るものは船だけではなく、関連商品、サービス、ビジネスモデルなど、自身の人間力も含めた全て。売ることを若い頃から訓練されているからこそ、自営船事業や新規投資事業にも対応できる。特に今治駐在員は船主、造船所の皆さまに鍛えられるので、その後、海外駐在員として活躍している。トレーディングには商社パーソンとしての基本動作の全てが詰まっているので、事業会社化は考えていない」
― 海事都市・今治の今後をどのように考えているか。また課題は何になるか。
「船主はますます強くなり、成長していくだろう。特に有力船主は、世界と比較してもギリシャ船主以上に強くなっており、造船所や金融機関、商社との繋がりなど、ギリシャ船主にない、日本海事クラスターとの強い関係を持っている。以前は船舶管理の高度化やルールの複雑化で日本の船主が減少するとも言われていたが、現在は中堅規模の船主も含めてますます強くなっているのが実態。今後も今治は海運の中心地の地位を維持するので、理想は、日本海事クラスターの自助努力だけではなく、シンガポールのように海運事業への優遇政策があれば、世界一の海事都市になることは間違いない」