2025年1月22日無料公開記事海事都市今治の20年
商社に聞く海事都市今治
《連載》海事都市今治の20年
新たな化学反応の集積地に
伊藤忠商事・尾関船舶海洋部長
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今治の海事クラスターについて、伊藤忠商事の尾関洋彦船舶海洋部長は「船主に加えて、造船・舶用メーカーのオーナー経営者が多く、さまざまな化学反応があり、AIをはじめとする新しい技術が入ってきた時にアイデアが湧き出るように出てくる。そうしたニーズに対してできることを提案、サポートしていきたい」と話す。過去20年の円高やコロナ禍などの厳しい荒波の中、規模や業容を拡大し強くなった今治船主とともに、「今治の造船所はリスクをとる選択をしたからこそ、ここまで成長した。根底には今治、ひいては業界を助け、サポートし合うという思想が今治の海事クラスター全体にあるように思う」との見解を示す。
■変わらないすごさ
― 伊藤忠商事・船舶部として海事都市・今治でさまざまな取り組みを進めている。
「当社は今治で新しいことに取り組みたいとの思いがある。海事クラスターが集積する中で欠けているピースを考えると、今治の皆さんには新しいことにチャレンジしたいという思いがある一方で、例えばIT分野でこれまでサポートしてくださるような第三者の方がいなかった。現在はスタートアップ企業のSUNABACOと今治海事クラスターとともに、人工知能(AI)の活用をはじめとした取り組みを共同で進めており、新しいことをしたいという方向性と合致している。新しいことに取り組みたいという2~3代目の若手船主も多く、特にITやAIのベンチャーやスタートアップの取り組みは、今治市としても積極的に推進する方針を示されているので、当社はそうしたニーズに対してできることを提案、サポートしていきたい。単純に人員を配置して従来型のトレーディングビジネスを手掛けるだけでなく、そうした新しい分野でのサポートを通じてニーズに応えながらサービスに付加価値を付けていきたい」
― 海事都市・今治の強みや特徴をどのように考えているか。
「船主に加えて、造船・舶用メーカーのオーナー経営者も多いので、さまざまな化学反応がある。さまざまな人が集まり、日頃から情報交換をしているので、SUNABACOのような新しい取り組みに対して、アイデアが湧き出るように出てくる。スタートアップやベンチャー企業にとって今治はパートナーになれる企業や経営者が数多くいる土地だ。海事ベンチャーや新しいビジネスを立ち上げるとすれば、今治が適している」
― 世界の海事都市と比較した今治の特徴は。
「ロンドンやピレウスと比べて機能・立地ともに集積している。他の海事都市にはない今治造船や新来島どっくという有力造船所があるからこそ、より裾野の広い企業が集まっている部分もあるように思う」
「交通の利便性や人材の集めやすさを考えれば、同じ愛媛県でも今治でなく、松山の方が一般的には有利にも思えるが、海事クラスター内で今治から松山に拠点を移す動きはほとんどなく、海事業界にとって今治は特別な付加価値があることの現れだ。地場の金融機関も今治に拠点を持つ企業だからこそファイナンスをする。世界の海事都市は交通の要衝や都市の大きさを背景とした成り立ちであることが多いのに対して、今治のような人と人や企業同士の結びつきが成り立ちの海事都市はないのではないか」
― 船主、造船所、舶用メーカーそれぞれにおいて過去20年間で見られた今につながる大きな変化を挙げてもらいたい。
「変化というよりも変わらないことのすごさがあるように思う。今治船主は保有船隊の規模が比較にならないほど増えた一方で、過去20年の円高やコロナ禍などの厳しい荒波の中で、経営破たんした船主がいない。今治の海事クラスターは各社が体力的に強いのはもちろん、厳しい時には今治クラスター内で支え、助け合ってきた」
― 船主は保有船隊が拡大し、海外オペレーター向けの案件が増え、船種もLNG船をはじめ多様化した。
「保有隻数や業容、資産が拡大しても、経営姿勢や生活水準はほとんど変わらず、堅実な姿勢を貫く船主が多いのも特徴や強さの秘訣ではないだろうか。その一方で、スイスフランやマルチカレンシーでのファイナンスなど、環境に応じて柔軟に新しいものを採り入れる土壌もある」
― 造船所の変化は。
「今治の造船所はリスクをとる選択をしたからこそ、ここまで成長したように思う。造船所を買収するなど、過去20年で野心的に動いてきた。実は非常に大きなチャレンジをしている。ある造船経営者は何もせずにリスクをとらなければ、自分のポジションをとれず、そのまま苦境に陥ってしまうかもしれないが、リスクをとるからこそカウンターバランスがあると話されていた」
「自社の利益だけでなく、業界全体への意識も大きくなっている。今治、ひいては業界を助けていかなければいけない、サポートし合うという思想が今治にはあるように思う」
― たしかに今治造船や新来島どっくは、買収を通して規模の拡大や成長を図ってきた。舶用メーカーの変化は。
「造船・舶用にも垂直統合の思想や動きはあるが、自動車メーカーの関連企業をはじめとした他産業の系列メーカーと比べると、日本の舶用機器メーカーは皆が独立し、取引先も多様なので、企業として強い。しなやかに事業運営をされているように思う」
■新たなメニューで差別化
― 伊藤忠商事・船舶部の今治での歴史や現状を教えてほしい。
「当社が今治に営業所を置いたのは2021年で、他の商社船舶部が早くから今治に拠点を構える一方で、東京で情報を蓄えて出張ベースで頻繁に今治を訪問することで差別化を図る意図が元々あった。ただ、やはり今治でのビジネスをより強化するために、西日本に拠点が必要だという結論になり、まずは広島、その後今治に営業拠点を開設した。現在は広島/今治に船舶部から4人の人員を配置しており、他の商社と比べて多いように思う。今治事務所は今後3倍程度に拡張する予定だ。商社船舶部の部長経験者が今治に駐在してお客さんと直接対話できる環境も当社ならではの強みだ」
― 伊藤忠商事の今治におけるビジネスモデルは。
「今治船主に用船をアレンジするなどして新造船や中古船を紹介して売るというモデルは他の商社と同様だが、当社は造船所とのスキームの中でのビジネスも多いように思う」
「理想としては、船舶部本体がトレーディング、保有、運航、船舶管理などさまざまな機能の会社持つ集合体として有機的につながり、そこでお客さんのニーズに応えながら接点を増やし、さまざまな取引や事業を展開していきたい。当社はアンモニア燃料などの取り組みにも積極的に参画しているので、特に船主が成長できるAI・ITやアンモニア燃料関連のメニューを増やしていきたい」
― 海事都市・今治は今後どのような形になっていくと思うか。また課題は何になると思うか。
「今治船主は現在、ほぼ全員が勝っている状況で、大きくは変わらないのではないか。船主も地場の金融機関も節度があり、総じて堅実な経営を続けているので強い。さらに厳しくなった時には助け合う文化もある。ただ、今後は船舶管理の複雑化でふるい落とされる船主も出てくると言われている。やはり船舶管理ができないと、船主としての付加価値がなくなってしまうことになり、金利だけの勝負になってしまう恐れがある。そうした場面でAIやIT技術の活用をはじめ差別化していくものがなければビジネスモデルとして行き詰まる可能性もゼロではない」