2025年1月17日無料公開記事海事都市今治の20年
《連載》海事都市今治の20年
産業発展と次世代育成に協働
瀬野汽船・瀬野洋一郎社長
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バリシップきっかけに協力体制
瀬野汽船の瀬野洋一郎社長は海事都市・今治の特徴として海事クラスターの存在と、関係者が協力した海事産業発展や次世代育成への取り組みを挙げる。同社は海事都市の振興のため、2024年10月に今治造船、正栄汽船、日鮮海運とともに計20億円を今治市に寄付しており、これを呼び水として基金創設を後押しする。基金の使途について、瀬野社長は「今治港の整備やMICE機能(国際会議・研修・展示)の構築を計画しており、どのようなものにするか具体的に検討していく」と語る。
協力し合う関係に
― 海事都市・今治の強みや特徴はどこにあるのか。
「今治市には独特の海事クラスターが存在し、船主、造船所、舶用関係、銀行、保険会社によって海事都市・今治が構成されている。海事都市交流委員会のメンバーである今治市、海運、造船、舶用関係企業が定期的に集まり、今治市の海事関係の発展のために情報交換、議論をしている。その取り組みの代表例が国際海事展『バリシップ』であり、2009年から隔年開催し、海事産業の将来と次世代育成のために継続している」
「次世代育成は他の海事展にない視点だと思う。バリシップを家族連れで訪れ、子どもたちに造船、舶用関係企業の取り組みへの関心を持ってもらうことが、次世代の人材教育につながる。また、今治市民であっても海運・造船・舶用産業についてピンとこない人が多いように思う。造船所のテレビCMで目に触れることはあっても、実際にどのような仕事をしているのか、どんな船を造っているのかはあまり知られていない。今治で建造される船は3万~4万重量トンのハンディサイズ・バルカーが中心なので、20万~30万重量トン型バルカーや、2万4000TEU型コンテナ船といった大型の船を見る機会もない。バリシップに来てもらうことで、どのような船があるのかなどにまずは興味を持ってもらい、その後インターネットで検索でもしてもらえたら、しめたものだと思う」
― バリシップは成功した。
「資金も必要なので、皆で協力して取り組む意識が必要になる。とはいえ、今治も昔は造船所も船主も各社それぞれでやっていく意識だった。造船所はライバルとして互いを意識していたし、船主も自社のノウハウをあまり人に言わなかった」
― 協力する関係性が構築されたのは、20年前の今治市の発足とバリシップがきっかけだったのか。
「そうだと思う」
― 世界の海事都市と比較した時の今治の特徴は何だと思うか。
「世界には個々で海事関係の大きな会社は存在するが、今治市のような海事集積地はない。ノルウェーなど欧州には大手船主はいるが、単体で存在している。韓国も個々でやっている印象だ。造船所や舶用関係の企業の存在は今治の特徴だと思う。中国やシンガポールでもバリシップ以上の規模の海事展が開催されるが、それぞれの会社がブースを出展するという感じ。一方、バリシップの場合は最終日には展示ブース、造船や舶用関係の工場を一般開放し、家族連れなどの皆さんに見てもらっている」
― そのような海事産業の集積地である今治で瀬野汽船は活動していく。
「海外と比べると税制の問題はあるが、今治で事業を運営している以上は仕方がないことで、この環境のなかで何とかやっていくしかない。今治にいるメリットは、昔からお付き合いのある地域金融機関がいて、船を建造する際にすぐにファイナンスを得られること。長い関係があるからこそ、困ったことがあれば、地元の船主を助けていただける」
LNG燃料船へリプレース
― 瀬野汽船における過去20年間の大きな変化は。
あまり大きな変化はないのだが、コンテナ船、チップ船を売船し、バルカーに転換した。今では9万5000重量トン級の大型の石炭船、20万重量トン級のケープサイズ、30万トン重量トン級の鉱石船に特化している。専属の船員を養成、プールして同じ船種に乗せていくことが、ヒューマンエラーを回避し、安全運航につながると考えたからだ。プール船員は韓国人が約75人、ミャンマー人が約500人、フィリピン人が約600人いる。造船所についても、いくつかの造船所に集中して同じ仕様の船を造ることで、船員が習熟しやすく、ヒューマンエラーが生じにくくなる」
― 近年はLNG二元燃料船の保有を増やしている。
「23年からLNG二元燃料船へのリプレースを進めている。1番船として9万5000重量トン型の石炭船を23年から所有し、邦船オペレーターとのBBC(裸用船)契約に投入して船舶管理のノウハウを教えてもらっている。当社の船員の中から選抜し、25年からオペレーターの協力を得てLNG燃料船の船員を養成していく。そして、28年から6隻ほど自社での船舶管理を開始し、当社の船員に乗せ換えてBBCからTC(定期用船)へと切り替えていく計画だ」
「LNG二元燃料船は28年にかけて9万5000重量トン型の石炭船3隻と21万重量トン型ケープサイズ8隻の計11隻を成約済みとなっている。さらに案件があり、追加整備も検討している。LNG二元燃料船は船価が高く(バルカーが)6500万~1億ドル程度するので、船齢15年ほどになった既存船を17隻売船して資金を確保する。ちょうど売船マーケットがよい時期でもあるので、そこで得た資金を用いて約2割~3割の自己資金を投入し、長期のBBCを成約している」
― 事業環境で気になる変化はあるか。
「船舶に対してAMSA(豪州海上安全局)、ライトシップ、ポートステート、オペレーター、船級、旗国などによる検船や船上訓練が増えており、船員の負担となっている。船主にとっては過度な要求でコスト増になっているが、その要求をクリアできなければ荷物を積むことができないので、適切に対応することで他社との差別化を図っていく」
海事都市に相応しい街に
― 過去20年で今治船主、造船所、舶用メーカーの変化をどのように感じるか。
「船主は規模を拡大したが、自社管理ができなくなり、BBCが多くなったことは変化の一つだ。自社管理は本当に少なくなった。また、当社は邦船オペレーターとのビジネスを行っているが、今治船主全体として海外向けビジネスが増えた。邦船オペレーター向けの案件が減ったと言われるが、オペも船は必要としており、信用力、資金力、安全面でオペレーターに気に入ってもらえる体制を構築できれば用船案件の話はくる」
「造船所については、日本の船価は割高になった。日本で4隻造る金額で中国なら5隻造れるといった具合だ。日本の造船所も円・ドルミックスの船価にすれば中国と競争できると思う。舶用メーカーについては、事業の拡大や買収に先見的に取り組む企業が出てきた」
― 今治の船主は今後どうなっていくと予想するか。
「為替とマーケット次第だと思う。3~5年の用船契約の後、用船者から買取オプションを行使されても、為替が円安であればお金が残るが、円借入の船主が多いので、円高が進むとそのようにはいかなくなる。今、船主の多くはかつての円高を経験していない若い世代であり、今のような為替が普通だと考えている人が多いように思う。円で借りていたらお金が残ったのに、と言う人もいるが、逆の目が出たときに備えておくことが、会社が生き残るためには必要だ。常に勝ち続けることはできない。日本の金利も少しずつ上がってくるだろうから、どう舵を切っていくかが大事になる」
― 海事都市・今治は今後どのような形になっていくと思うか。
「今治市を海事都市として相応しい街にしていくため、今治市を挙げて運動をしている。未来創生のために当社を含む4社が寄付を行った。今治市の12月議会で承認されれば基金を開設し、海事関係企業に基金への拠出をお願いしていく。基金の使途として、今治港の整備やMICE機能の構築を計画しており、具体的に今後検討していく」
「国を挙げて客船を誘致する動きがあるが、今治港も小型や中型の客船を誘致できないかと考えている。今治港は以前、関西や島に行くフェリーが5隻ほど寄港していたが、今は島に行く船が1隻のみで桟橋が空いた状態だ。一方、水深は5mと浅いので8mまで深くし、岸壁も整えることが必要になる。港を今治への入り口にして、国際会議ができる建物を港の近くないし別の場所に建てるといったことも考えられる。以前、門司港を視察したのだが、今治と似ているところもあるが、決定的な違いは門司の歴史的な建造物の存在だった。港を整備した後にどうするかを考えることが大事だ」