2022年10月6日無料公開記事内航NEXT フェリー座談会

<内航NEXT>《連載》フェリー座談会①
コロナ禍を乗り越え活性化へ
オーシャントランス×四国開発フェリー×商船三井フェリー

左から瀬野恵三副社長、髙松勝三郎社長、尾本直俊社長

 新型コロナウイルスの感染拡大により、旅客需要が減退したフェリー業界。一方、貨物輸送では今後、荷主の環境負荷低減に向けた意識の高まりや、ドライバー不足への対応としてモーダルシフト需要の拡大も期待されている。フェリーとしての環境対応や、船員の確保・労働環境の改善も待ったなしの課題だ。フェリー業界の現状と今後の展望について、オーシャントランスの髙松勝三郎社長、四国開発フェリー(オレンジフェリー)の瀬野恵三副社長、商船三井フェリーの尾本直俊社長に座談会形式で語ってもらった。

<座談会参加者(社名五十音順)>
オーシャントランス 髙松勝三郎社長
四国開発フェリー 瀬野恵三副社長
商船三井フェリー 尾本直俊社長
<司会>
海事プレス編集長 中村直樹

■約50年間の歴史

 ― まずは各社の特徴と強みについてお聞きしたい。
 髙松「会社は通常、本社に人を集める中央集権型が多い。だが、当社の場合は東京に総務部門や営業部門、徳島に船舶管理部門、北九州に経営本部を置いている。一極集中せず、分割統治型なのが特徴だ。フェリー事業では、事故発生時など有事の際の対応を考えると、各寄港拠点に一定の人数を置く必要がある。元々、各拠点に人がいることを生かして分割統治型の組織にすることで、効率的な人員配置が可能となる。さらに、分割統治型では各拠点の役割が高まるため、従業員の育成にも効果が出ている」
 「フェリー会社は、同業者や、トラックといった他の輸送モードと常に競争状態にある。しかし、フェリーの船そのものは造船所が建造し、船で運ぶシャーシやトラックはメーカーが製造する。フェリー会社は出来合いのアセットを使って勝負していかなければならず、自らの努力で特別な優位性を生み出せるものでもない。強みが無いことを常に意識していることが逆に強みになると考えている」
 瀬野「まず長距離フェリーの歴史を振り返りたい。1968年に阪九フェリーが小倉と神戸を結ぶ航路を開設したのが始まりだ。当時は国道2号線が渋滞し、高速道路も無い中、円滑にトラックで輸送することが難しかった。解決策として、トラックを船に乗せて運ぶという発想から生まれた。初の長距離フェリーとなった当時の“フェリー阪九”の大きさは約5000総トンだった。一方で、同じ1968年には日本で初となる加洲航路コンテナ船“箱根丸”が就航している。コンテナ輸送能力は約800TEUだったが、その後の50年間で国際コンテナマーケットは伸び、現在のコンテナ船の最大船型は約2万5000TEUへと大幅に大型化した。片や国内のフェリーは5000総トン型から、現在は約4倍の2万トン型に大型化にしたに過ぎない。この差は、世界の人口80億人と日本の人口1億2000万人を相手にしている違いだろう。国内市場での商売は限界があるということを前提として、当社はフェリー事業を展開している」
 「当社は1972年にフェリー事業をスタートし、今年就航50周年を迎えた。当時は四国と関西を結ぶ航路を運航する船社は15社で、愛媛県内だけで7社存在した。しかし、架橋と高速道路の整備が進むにつれて、フェリー会社は次々と無くなっていった。当社は最初から架橋が整備されることを織り込んでいたため、有人トラックではなく、ドライバーが乗らない車両を輸送する無人航送に着目した。無人航送を進めていくためには広大な土地が必要だ。松山や今治、新居浜など愛媛の都市部にも港湾は存在したが、広い土地を確保するために、あえて壬生川町に船を入れた。われわれの先輩たちは、巨額の設備投資を行い、フェリー2隻に加えて岸壁まで自らで整備した。こうして生まれた無人航送が当社の設立以来の強みであり、無人航送に目を向けたことが、現在まで当社が生き残っている最大の理由だと思う。今では貨物輸送全体の約70%が無人航送となっている」
 尾本「当社の前身となる日本沿海フェリーは、フェリー黎明期から商船三井グループのフェリー会社として事業を展開した。その後、会社の合併や吸収などの紆余曲折があったものの、現在の商船三井フェリーに至るまで長い歴史を積み重ねてきた。フェリー黎明期から始まった日本沿海フェリーのDNAを受け継いでいる点が当社の大きな特徴だ。また現在では、北海道のフェリー航路と、九州のRORO航路という2種類の航路を運航している点も強みとなる」

■コロナ前の旅客水準には戻らず?

 ― 2020年以降、新型コロナウイルスの感染拡大により、旅客輸送を中心に事業環境が大きく変化した。フェリー事業への影響は。
 瀬野「コロナ禍で明確になったのは北海道航路と瀬戸内・九州航路の差だ。北海道航路は物流主体の航路なので、コロナの影響は小さかった。しかし、瀬戸内・九州航路は人流の比率が高いため、コロナによる移動需要の減退により大きなダメージを受けた。当社の売上高に占める旅客収入比率は35%程度だが、やはり乗客と乗用車の輸送量減少により、影響を受けている」
 髙松「北海道は本州と道路でつながっていない。そのため、北海道発着の貨物輸送では必ずフェリーや貨物鉄道を使う必要があり、フェリーは物流面で重要な役割を果たす。他方で、九州は本州と道路でつながっているためトラック輸送が主流だ。東京から小倉、東京から苫小牧までの輸送距離は同程度となるが、九州方面へはいざとなったらトラックで陸送できるため、競争を考えると高い運賃は提示できない。結果として、フェリーの運賃単価は北海道航路の方が高くなる。一方で、旅客輸送の観点から見ると、北海道航路は夏場がピークとなるが、それ以外の季節は閑散期となる。これに対して、九州航路は年中旅客需要がある。北海道航路と九州航路は収益構造が異なっている」
 尾本「当社は貨物収入が85%、旅客収入が15%となっている。当社の北海道航路における旅客輸送実績は、コロナ禍が始まった20年に一番落ち込んだ時で平常時の6割を切った。だが、瀬戸内海のフェリー会社の中には半分以下になった会社も複数あったと聞く。瀬戸内・九州航路と北海道航路の違いは確かにあったと思う。当時はクルーズ船“ダイヤモンド・プリンセス”の船内で感染が拡大したイメージがついてしまった。各社、安全対策に力を入れたものの、乗船する旅客は少なかった」
 髙松「当社は、東京/徳島/北九州間を運航し、到着までに2晩かかるため、船内で陽性者が出た場合の影響は他航路と比べても大きい。そのため、コロナが始まった当初は3カ月間、旅客輸送を停止し、安全対策を十分とってから再開した」
 ― 現在の旅客輸送の現状は。
 髙松「当社の旅客収入割合は5%程度で、乗用車を含めると十数%となる。今も定員の半分で運航している。マスクや消毒液を配って感染防止策を徹底している」
 尾本「今年は旅客需要が回復している。特に今年4月から7月まででコロナ前の19年比で90%まで戻っており、お盆も台風による欠航はあったものの堅調だった。少しほっとしているが、下半期にどのように推移していくか注視している」
 瀬野「瀬戸内海航路は19年比で6~7割程度となっており、まだまだ回復の途上にある」
 ― コロナ後の旅客需要の見通しと、会社経営への影響についてどのようにお考えか。
 瀬野「コロナ禍を経て、大きく世界が変わると思う。特にウェブ会議などが浸透し、会合のためにフェリーや鉄道などの交通機関に乗ることが少なくなるだろう。将来的にコロナ前の需要に戻るとは考えにくい」
 髙松「同じく、コロナ禍を経て行動様式が変わると考えている。旅客需要が以前の水準に戻ることはないと思うが、どの程度になるかは読めないところだ」
 尾本「旅客全体ではコロナ前の約9割まで戻っているが、中身を見てコロナ前後で大きく変わったのが、団体客の需要が消失した点だ。旅行会社が手配するパッケージツアーや、学生の研修乗船などが無くなった。団体客は元々全体の15%程度だったが、これがゼロになった影響は小さくない。今後も団体客が伸びるということは考えにくいのではないか」
(つづく)
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