2022年8月17日無料公開記事内航NEXT 人財戦略

《シリーズ》人財戦略③
YouTube動画、船員や採用で効果発揮
東幸海運、笹木社長に聞く

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 内航タンカー船社の東幸海運(神戸市)は、動画投稿サイトYouTubeに「東幸海運の日常」を掲載し、分かりやすい内容で人気になっている。現在、動画123本を掲載、チャンネル登録者数は約2万7400人、総再生回数は896万回以上と、内航タンカー業界では最多との自負を誇る。笹木重雄社長(写真)にインタビューすると、当初撮影されることに抵抗を感じた船員も動画への意識が変化し、入社を希望する学生も増えて採用活動でも効果を発揮しているという。

■きっかけはコロナ禍

 ― 動画投稿を始めたきっかけは。
 「新型コロナウイルス感染症が拡大した直後の2020年春頃からだ。コロナで採用活動が厳しかったことが背景にある。緊急事態宣言で海員学校を訪問できなくなっていた。採用できなければ、船の現場にも影響が及びかねず、これは大変だと焦った」
 「その頃、YouTubeは効果があるという話を他業界の知人から聞いたことがあって、とりあえずYouTubeに1本あげてみようと思い、過去に撮影したものを会社紹介として投稿した。86回再生されたが、そのうち60回は身内や知り合いだ。それでも新卒が1人、動画を見て入社希望してきた。1人採用できたので、もうちょっと力を入れてみようと思った」
 「知人のユーチューバーに相談して動画を見てもらったところ、『船会社に就職しようと決めた人にしかわからない内容だから、作り直したほうがいい』とアドバイスを受けた。YouTubeは、そういう視点で作るものではないということを教えてもらった。それで、どうするかということで、職場の雰囲気が伝わる“日常”を出すことにして、チャンネルのタイトルにも“日常”を取り入れた。その知人から『とりあえず500本作ること』と言われ、1日2~3本作ろうと思って始めた。ところが、1週間経って睡眠時間が毎日2時間ぐらいとなり、これは体がもたないと思った。とにかく出せるものを出していこうと切り替えた」

東幸海運のYoutubeチャンネル。登録者数が3万人に迫る

 「30~40本出した頃から反応が変わり始めた。再生回数が200~400回と3ケタに乗り出した。半年して、ある動画で4000回再生されたのが出た。内容は、タンカーを全速力で走らせて、全力で舵を切ったらどうなるかというもので、記録として撮影した映像だった。投稿した後、しばらく再生回数も伸びなかったが、誰かの目にとまって拡散したようだった。それで、“日常”だけでなく“役に立つ”動画も増やすことにした」

■船員の意識も変化

 ― 再生回数が増えてきて、どんな影響がでたか。
 「ある海員学校から『東幸海運に入りたいという学生がけっこういる』と連絡を受けて、3人採用した。今までは、学校に『学生を紹介してください』と頼んでも、『学生にはいっぱい求人が来ているから』と言われていた。学校から『コロナ禍の就職活動でわれわれもどう紹介していいか困っているが、学生も何を見て選んだらいいかわからないようだ』と言われ、動画が参考になったことがわかった。学生から見て、会社選びで参考になる、働いたらどんな人がいるのか、会社や船がどんな空気感なのか、といったことを知りたかったのだろう。YouTubeを始めた1年目は、予定した8人を採用することができた。その頃はチャンネル登録も400ぐらいだった」
 ― 学生も探していたということか。
 「それで、タンカーの仕事を表現するしっかりした動画も1本作ろうと思って、着桟する動画を撮った。新しい桟橋ができるので、記録として撮ったものだった。再生回数は20万回ぐらいいった。配信された後、動画に出ていた船員はいろんな港で、『あっ、YouTubeに出ていた船員さんですね。桟橋につけるのがうまいですね』と言われて、ずいぶん知ってもらえるようになった」
 ― YouTubeをするようになってからの船員の反応も聞きたい。
 「初めは『どうしてYouTubeに出ないといけないのか』という声もあった。自身が映った動画が出たことで異論も出た。しかし、スピード感を持ってやらないと、他社が始めてその後やっても追いつけなくなると思い、最初は手探りで数を出すようにした。着桟の動画を出した頃、他社の航海士からコメントで、『動画を出してくれてありがとうございます。自分たちは事故を起こさないように日々やっているが、そういうところを見てくれてないのではないか、評価されていないのではないかと思っている。動画で普通の人たちに自分たちの仕事が広がることに感謝しています』とあった。船員の気持ちがよくわかった」
 「当社の船員も動画で出て、他社や取引先から話題となったり、評価されたりして、YouTubeへの理解も進んだと思う。もう一つ変わったのは、船員の家族の反応だ。それまで船でどんな仕事をしているかわからなかった家族から、『船でがんばって仕事しているのね』と言われて、船員は映ることに抵抗が低くなってきた。ただ、それでも映りたくないという人はいる」
 ― 動画制作で心がけていることは。
 「何かを批判することはしないようにしている。例えば、これよりこっちがいいとか比べたりすることだ。当社はこんなスタイルでやっているというのを出している。あえてよく見せようとすることはしない。船内の厨房で料理を作っているところを撮影したとき、司厨長から『言ってくれたら、もっといいのを作ったのに』と言われたが、それではダメだ。いつもよりよくした映像にしたら、新人が船に乗ってから『思っていたのと違う』と感じる。あくまでも普通の“日常”を撮った」

■タンカー船員を人気職種に

 ― 始めて2年半近く経った現在はどうか。
 「以前、企業セミナーがあっても、内航タンカー船社のブースにはあまり来てくれなかった。でも、タンカーはいま人気になっている。当社はYouTube2年目から求人8人に16人が応募してきた」
 ― それは動画の影響か。
 「『動画の影響もある』と他社の知人が言っていたが、SNSやツイッターをやっているところは会社として強くなっている。外から自分たちを知ってもらうことが、船員の意識を高めている。船員同士の会話でも、他社から『お宅の会社はいいよね』と言われるようなタンカー船社がいくつも出てきて、タンカーの船員の離職率も減っている」
 ― YouTubeをやっていなかったらどうか。
 「かなり厳しい状況に追い込まれていただろう。いまは当社のあり方を紹介しているだけだ。実は今年は従来のような大々的な募集活動はしていない。それでも学生から連絡がきて、募集定員に達した。選抜し、教育した新人を船に送ると、船も変わってきた。数年前に入った船員は、優秀な新人が来たと思ってがんばらないといけないという雰囲気にもなっている。優秀な学生が希望してくれるのはありがたいが、一方で離職率が低くなっているので、例年のような人数をとれなくなっている」
 ― 今後について。
 「船員育成をしっかりやっていきたい。当社は幹部職員が足りないので、幹部になるためには何をしたらいいか、というルールを整備していきたい。YouTubeで、良くも悪くも目立ってしまったので、もし海難事故を起こせば厳しい目を向けられるだろう。そのためにも教育をして船員のレベルアップを図っていく」
 ― YouTubeでどうしていきたいか。
 「この1年、YouTubeで自社のための発信をやっていない。船がどういうものかというのを動画で紹介している。タンカーの船員がもっと人気の職種になったらうれしい。認知度を広めて、みんなが憧れるような職種になって、陸の人から『タンカーの船員っていい職業だよね』って言ってくれるまでになれば、船員問題は解決する。船員問題は内航業界にとって大きな問題でいろいろと議論されてきたが、そうした議論に風穴を開けたかった。当社だけでなく、他社も発信して、いろんな角度やスタイルの動画を出して業界で盛り上げて、より多くの人に関心を持ってもらい、内航タンカー業界のステータスを上げていきたい」
(聞き手:坪井聖学)
 
誰もが感じる船の疑問なども、分かりやすく紹介しているのが東幸海運の動画の特徴

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