2022年7月29日無料公開記事内航NEXT 内航キーマンインタビュー

<内航NEXT>
《連載》内航キーマンインタビュー③
船員養成で新会社、業界へ門戸広く
井本商運社長 井本隆之氏

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井本隆之社長

 国内の国際コンテナフィーダー船最大手、井本商運は来年で創業50周年を迎える。これまで積極的な船隊整備を通じて東日本・西日本でシェアを拡大しており、先日は600TEU型“のがみ”が竣工したばかりだ。一方、内航業界全体で共通する船員不足問題に対応するため、昨年10月に新会社“神戸海洋技術”を設立。自社だけでなく、業界全体に向けた船員教育体制の整備を目指している。井本隆之社長に、現在の事業環境と今後の取り組みや課題を聞いた。

■日本海フィーダー、さらに拡大も

 ― 来年、創業50周年を迎える。これまでの国際フィーダー事業における歴史を聞きたい。
 「1973年の事業開始から、当初は西日本を中心に輸送網を拡大してきた。90年前後に各地方港で外貿定期コンテナ航路の開設が増え、競争が激化して一時伸び悩んだが、阪神淡路大震災を機に京浜航路に進出して成長路線に復帰した。その後は順調に伸びてきたが、リーマンショック、さらに東日本大震災で再び落ち込み、その後から東西ともに大幅に輸送量を伸ばしてきた。ちょうどこの時期に、600TEU型の“なとり”が投入されて輸送能力が一気に強化されたためだ。18年には年間輸送量で過去最高の60万TEUを達成したが、その後コロナで再び落ち込んだという状況だ。国内における当社シェアは、20年度時点で67.6%となっている」
 ― コロナ禍で国際フィーダー貨物の輸送はどう推移してきたのか。
 「20年度は輸送量が53万9000TEUと大きく落ち込み、特に上期は前年同期比で2割以上減少した。“なとり”を係船したり老齢船を売却したりして何とか耐えたが、昨年度には59万1000TEUと大きく回復した。上期はまだ厳しかったが、後半から徐々に回復が鮮明になり、今年は1月から5月まで毎月、過去最高の輸送量を更新している。国際物流が混乱し、釜山港の混雑が悪化するのに伴って、日本国内のハブ港を利用する貨物が増えたためだ。ただ、輸入は回復してきたが、輸出はまだコロナ前の水準に達していない。あと、この間に増えたのは空コンテナの回送だ。海外での混雑やスケジュール遅延の影響で外航船社の空コン不足が顕著になり、やり繰りのために国内でさまざまな空コンテナの横持ち輸送需要が発生した。普段は輸出需要の多い地域に空コンテナを持っていくことが多いが、コロナ禍では苫小牧や志布志など輸入が多い地域の空コンテナが神戸や横浜などに戻ってくる、というパターンが多かった」
 ― 昨年度後半から、初めて日本海航路にも進出した。
 「日本海側港湾で輸出入する貨物が、釜山の影響でストップしてしまったので、OOCLと提携する形で神戸トランシップを行うというルートを新たに開設した。昨年11月からトライアルを始め、今年2月から境港、敦賀、舞鶴の3港で戦略港湾の補助事業に切り替えて本格運航を開始している。当初は、神戸までの陸送に比べてあまりに時間がかかるということで懸念する声もあったが、結局は釜山経由のサービスと比べて遜色がなく、これまでのところ成功している。今後、能登半島を越えて伏木富山や新潟、秋田なども検討していきたい。ただ、能登半島から東側の海は冬場になると荒れるので、現在能登半島以西で使用している200TEU型のままでは厳しいだろう。先日、600TEU型の“のがみ”が京浜/阪神/北九州航路に就航したが、これに伴って航路間で運航船の転配を進めている。ひと通り入れ替えが完了すれば、日本海航路に400TEU型船を投入できるので、サービス安定性が増すはずだ。年度内にはトライアルを実施できるようにしたい」
 ― 積極的に船隊整備を進めてきた。今後の方針は。
 「現在の運航船は29隻で、先日竣工した“なとり”型3番船の“のがみ”が最新鋭だ。色々と細かく仕様を変えて環境性能を徐々に高めている。船型として1000TEU型も検討したことがあるが、現在のように1港で複数のバースに寄港する“バース・ホッピング”が不可欠の状況では、まだ現実的ではない。京浜港だけで3日ぐらい留まる必要があるし、地方港側でも24時間荷役体制が不可欠だ。ただ、地方港の外貿コンテナ航路と競争するためには、いずれはこうした船型が必要になってくるのではと考えている。脱炭素化の取り組みに関しては、まだ方向性を見定めているという状況だ」

■船員問題、ハード・ソフト両面で

 ―  昨年、船員育成に向けて新会社“神戸海洋技術”を新たに設立した。内航業界全体でも船員不足が問題になっているが、取り組みの背景を聞きたい。
 「当社もかつては、船員配乗を全てマンニング会社に任せていた時期があった。ただ、やはり丸投げではだめだと考え、“船隊の半分を自社船員化する”との目標を立てて4年前から取り組みを開始した。現在は社船のうち3分の1を自社船員化できており、まだ道半ばだ。一方で船員教育については、当初は自社で雇ってみれば何とかなるだろうと考えていたのだが、実際には1隻当たり5人という限られた人員のなかでは、しっかりした船員教育は難しく、船長や機関長への負担も大きくなる。これでは効率が悪く、しっかりとした教育環境を整備する必要が出てきた。ちょうどこの時期に偶然、神戸大学海洋学部のシミュレーターを見学する機会があり、これを機に導入を決定したのが背景だ。安い投資ではなかったが、当社で運航している200TEU型や600TEU型船でシミュレーターを開発済みで、さらに対応する船型を増やす方針だ。そもそもこれまで、内航船シミュレーターそのものがほとんど無かったので、手探りで研修プログラムを作っている。ただBRM(Bridge Resource Management)訓練だけは英語のテキストがあったので、それを参考にしつつ和訳してカリキュラムを作ろうとしているところだ」
 ― 現在は何人が教育プログラムに参加しているのか。
 「現在は昨年新卒で採用した9人が対象だ。ただ新卒の育成に加え、若手船員の技能アップを目的とした研修も合わせて行っている。あと重要なのは、船長の離着岸訓練だ。フィーダーコンテナ船はバースの離着岸回数が非常に多く、その時に一番事故が発生しやすい。風速など周囲の環境を変えたり、あるいはタグボートと連携しての離着岸などもシミュレーターを通じて訓練することができる。また機関シミュレーターも導入しており、エンジンが停止した時にどこに異常があるのか、どういう手順で立ち上げていくのかなどのトラブルシューティングや、有接点シーケンス制御実習なども行っている。電子制御エンジンの搭載が今後増えていくなか、将来的に機関士は電気に関する知識も必要になってくるはずだ。また、いずれは当社の運航船で、過去に実際に発生した事故のデータも入れて操船訓練を実施したいと考えている」
 ― 将来的な構想は。
 「当初は自社の船員の育成を目的としていたのだが、今後はほかの船種の船員訓練も引き受けられたらと考えている。コンテナ船に加え、一般の499トン型内航貨物船やタンカーの操船シミュレーターも現在開発中で、これが完成すれば他社からの船員教育も引き受けられるようになる。研修用テキストの準備も進めており、10月には外部に向けてオープンにできるような形を目指したい。ゆくゆくは教育機関と提携して、海技免状の取得に向けた支援や実習素材も提供できたらと思う。先日竣工した“のがみ”は、実習生10人を乗せられる設備を設けている。シミュレーターと本船実習とを組み合わせ、ハード・ソフト両面で取り組んでいく方針で、内航船社で本格的にこういったことに取り組んでいるところは少ないのではないか」
 ― 船員不足や労務軽減という観点では、先日「MEGURIプロジェクト2040」にも参加した。
 「船員による操作なしでの、実岸壁からの離着岸と入出港、さらにドローンを使ったヒービングラインの移送を実施した。実験は1月に完了したが、今後フェーズ2が始まるので、引き続き積極的に参加して貢献していきたいと考えている」
 ― 船員の負担軽減に向け、こうした無人運航船プロジェクトをどう捉えているか。
 「まず改正船員法の施行にともない、当社では改めて船員の働き方の実態調査を行っている。業務に対して労働時間が適正かどうかを調べ、オーバーしているようであれば船員を増やすか、あるいは減便するかのどちらかの対応が必要になってくる。無人運航の取り組みは、こうした問題への対処という点で重要になってくる。完全な無人運航までいかなくとも、必要なハード・ソフトを搭載して輻輳海域ではない比較的安全な海域で安全性の検証を行い、例えば当直で2人必要であるところを1人でも大丈夫であると確認が取れれば船員法の改正へと働きかけることができる。配乗する船員数が変わらなくても労働時間を減らせれば、実質的に働き方改革を早い段階で実施していくことができるのではないか。また通信環境の整備も重要だ。陸上と同じように大容量かつ低額の通信環境が利用できるようにする必要がある。若手船員の確保のうえでは必須の取り組みだし、陸側のシステムと本船とが常時接続されれば、日報や業務報告など日常のさまざまな側面でも労務負担の軽減になる。加えて、リモートで医療診断なども行えるような環境も整備していきたい」
(聞き手:小堺祐樹)

内航船用の操船シミュレーター

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