2025年4月9日無料公開記事今治の中堅造船業と20年
内航NEXT
《連載》今治の中堅造船業と20年②
ケミカル船特化し世界有数の建造実績
浅川造船・浅海武弘社長
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ステンレス製ケミカル船で30年以上の建造実績を持ち、世界有数の累計建造シェアを持つ浅川造船。リーマン・ショック後に船台拡張や東予工場の新設など設備投資を進め、船型大型化などで売上規模は20年で2倍近くに増加した。現在はケミカル船で4年分程度の手持ち工事を確保し、LNG燃料船の開発やDX活用の取り組みも進めている。浅海武弘社長は課題として人手不足をあげ「20年で最も変わったのが人材。人口減少のなかで造船業を続けていくためにはDXや自動化技術の活用も不可欠になる」と話す。
■船型大型化と売上倍増
― 今年で今治市が合併20周年を迎えた。この20年を振り返ってほしい。
「当社が主力とするケミカル船のマーケット環境が良くなってきたのが2005~06年頃で、リーマン・ショック前の2008年前半までは受注も順調に進められた。2008年のリーマン直前は新塗装基準(PSPC)対応で規制適用前の駆け込み発注があり、さらにクランクシャフト調達の問題で3~4年先の2011~12年まで線表を確定させる必要があるとも言われ、当社も過去に例のない先物納期まで線表確定を進めた。リーマン後は受注が全くできなくなったが、線表を確定させていたおかげで乗り切ることができた。もしリーマン・ショックがPSPCの駆け込み発注前に起きていたら極めて厳しい経営状況になったと思われ、当時のことは鮮明に覚えている」
― リーマン後は厳しい時代が続く一方で、船台拡張や東予工場の新設など大きな設備投資も進めてきた。
「20年前は1万4000重量トン型のステンレス船を中心に年間4隻を建造していたが、2万重量トン以上の船型の新造需要が増え、ケミカル船の建造を続けていくうえで船型の大型化は避けて通れず、2009年に船台を拡張した。西条市の東予工場はPSPC対応で2010年に新設し、本社工場のブロック製造を移管した。現在は2万5000重量トン型のステンレス船を中心に建造しており、建造隻数は変わっていないが、船型の大型化に加えて船価相場の上昇もあり、売上規模は20年前の2倍近くになった」
■ケミカル船で4年先まで受注めど
― 浅川造船の特色や強みは。
「ケミカル船を主体に建造してきたことに尽きる。ケミカル船以外にもLPG船や内航タンカーを一部建造したほか、知見のない近海貨物船をはじめ他船種の受注も検討したが、ケミカル船をメインに三十数年やってきた。年間4隻の建造隻数ながら、リピートオーナーに支えられながら長年積み上げてきたので、主力として建造する船型のステンレス船の累計建造シェアでは世界有数となっている。現状に甘んじてはいけないが、友好船主やオペレーターの方々からも評価を頂いている」
― 足元の受注状況は。
「内定船を含め2028年いっぱいまでめどがつき、29年前半まで新規の商談を進めている。機器類の調達のリードタイムが長くなり、3~4年先まで受注を進めているが、全く読めない4年先のコストをベースに船価を決めるリスクもある。数年前まではデフレによって資機材価格と人件費の上昇をそれほど考慮しなくても良かったが、現在は同型船の資機材でも年度ごとに調達価格が上がっている状況で、判断が難しい」
― EEDIフェーズ3対応船の建造やLNG二元燃料のケミカル船の開発・AIP取得など環境対応も進めている。
「ケミカル船は新燃料の方向性がまだ定まっていないことに加えて、当社規模の造船所はLNG燃料タンクを内製化できず、建造面の課題もある。仮に調達するタンクの納期が遅れてしまうと、1船台の建造設備では数年にわたって工程に影響が出るおそれがあり、慎重にならざるを得ない。一方で、中国造船所ではLNG燃料のケミカル船の竣工が既に始まっている。船の真の評価が問われるのは竣工10年後だが、それまでに市場での趨勢が決してしまい手遅れになることは避けなければいけない」
■SUNABACOなどDX活用
― 海事都市・今治との関わりは。
「バリシップが開催されるようになり、造船所をはじめ今治の海事クラスターの一体感が醸成されてきたように思う。最近ではサッカーのFC今治の存在も大きい」
「今治市主催で造船所、メーカー、船主など30~40歳代の若手を対象とした意見交換会が実施されているほか、スタートアップ企業のSUNABACOのAI人材育成講座があり、当社も参加している。費用は愛媛県の補助金と会社で負担しているが、参加は若手の主体性を重んじている。普段接点のない異業種の方々も参加しているので、若手が独自の人脈を構築できる面も非常に良い」
― 浅川造船ではデジタル人材育成や業務整理から、生産現場の見える化、AIとシミュレーション技術による工程計画の高度化などDXに取り組み、海事産業強化法にも認定されている。
「業務改革を進めるのが本来の主旨で、必ずしもAIやデジタル技術の活用である必要はないが、時流に合わせてDXの活用やSUNBACOでの取り組みを活かしながら業務手法を刷新し、改革の意識づけを進めている。各自がDXの積極活用や業務の工夫を図る姿勢も徐々にみられるようになってきた」
― 経営課題は。
「インフレと人の問題で、特にこの20年で最も大きく変わったのがやはり人材だ。リーマン前の造船ブームの時代は人材募集をすれば人が集まる状況だった。日本の出生数が80万人を割り込んでおり、技能実習生だけでは追いつかない局面がいずれくる。従来のスタイルでは日本の製造業を維持するのは難しく、DXや自動化技術の活用も不可欠になるだろう」
「バリシップには国内外のさまざまな方々が来られるので、今治への理解を深めていただく機会になればと思う。今治に来ていただければ内航船から外航の大型船まで建造できるので、日本の造船所で是非建造してほしい。魅力ある街ということも伝えたい。今治では海事関係が地域の中心産業という認識がこの数十年で定着したので、特に若い世代の皆さんにはそのことを実感してもらい、今治の造船業で働く魅力が伝わればと思う」
(聞き手:松井弘樹)