2021年9月1日無料公開記事内航NEXT

遠隔荷役・離着桟支援のスマート内航船

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〝りゅうと”本瓦造船/冨士汽船

デジタル技術をフル活用した次世代の省力化内航船「スマートアシストシップ」が誕生した。199総トン型液体苛性ソーダ専用船“りゅうと”は、新開発の集中荷役遠隔システムで甲板上での荷役作業の遠隔操作を実現したほか、船上データを陸上から遠隔監視するシステム、離着桟作業の支援システムも装備した。大型外航船で活用されている先端技術を小型内航船にも搭載できるよう開発したことで、今後の内航船の船員問題への解決策として普及することが期待されている。(対馬和弘)

■3つの課題に挑戦


 内航海運業界では、船員不足と高齢化、働き方改革が課題となっている。とりわけ内航海運でも小型船型である199総トン型は、甲板部3人、機関部1人と少人数で船舶の航行と荷役作業・係船作業、監視業務を行っているため、いかに労務負荷を軽減するかが大きなテーマとなっていた。
 ここに挑戦したのが、船主の冨士汽船だった。「船は一度建造すると20年使う。新造船を建造するなら、20年先の船員問題を考えなければいけない。大型化も検討したが、やはり小型船が必要。ならば、労務負荷の課題を解決できるスペックにしたいと考えた」。畝河内毅社長はそう振り返る。
 ポイントは3つあった。まずは、内航タンカーでの大きな課題である、荷役作業の軽減。2点目は、乗組員の高い技量が求められる離着桟作業の軽減と安全向上。そして3点目は、機関職員が不足しているため、機関部作業の負担軽減だった。「この3つを解決する船を建造したい」。冨士汽船は、先進的な内航船の建造で知られる本瓦造船と、内航船の将来技術の実現を目指す「内航ミライ研究会」に相談した。
 「船主からの強いリクエストをもらい、課題解決できる装備と技術を抽出して開発をすすめた」と本瓦造船の本瓦誠社長。2019年末に発注内示を交わした後、20年3月に省力化船の基本コンセプトをまとめて、5~6月に仕様を決定し、造船契約を交わした。
 荷主企業のトクヤマも、先端的な省力化船の導入に同意した。同社は「ホワイト物流」推進運動・自主行動宣言を提出しており、労働環境改善と生産性向上、物流効率化に前向きに取り組んでいるだけに、新しい船のコンセプトは、同社の方針と合致した。「こうした新しい船の提案には待てと言われるかとも心配したが、二つ返事でやれと言っていただいた。オーナーとして、荷主企業が一緒にやっていこうということに意義があった」と冨士汽船の畝河内社長は語る。
 こうして今年6月初頭に竣工したのが、“りゅうと”だ。邑本興産が運航し、トクヤマの貨物輸送に従事している。
 

■荷役作業を遠隔化


 3つの課題を解決するために新たに開発したシステムが「集中荷役遠隔システム」「離着桟支援システム」「遠隔管理システム」だ。
 まずは集中荷役遠隔システム。このシステムはポンプや弁、甲板機械など、荷役に関するあらゆる装置を連動させて遠隔で集中操作するシステムだ。これまで荷役作業はポンプ室・デッキ上・荷役事務室の3か所で3~4人体制で行っている。特にデッキ上の作業は、夏場は酷暑、冬場は極寒下で、危険も伴う作業だ。この集中遠隔システムにより、荷役の初期作業であるホース接続のみ行えば、あとの作業は全て操舵室(荷役制御室兼用)の1か所から遠隔で操作できるようになる。乗組員を甲板作業から解放するとともに、集中監視によって荷役作業中の事故やヒューマンエラーを防止し、荷役作業の安全性向上と省力化を図る。

操舵室で荷役機器を集中操作する

 システムでは、荷役ポンプの運転、荷役弁の開閉、バラストポンプの運転、バラスト弁の開閉を、全て操舵室の19インチタッチパネルで集中して行う。
 また、船首・中央両舷・船尾の計4か所に装備した電気式喫水計からの喫水情報と、全ての貨物タンク・バラストタンク・燃料タンク・清水タンクに装備した電気式液面計からのタンク液位情報は、積付計算機に自動で入力される。これにより、荷役中でもタンクの積み付け率や船体姿勢(トリム・ヒール)状態、復原性をリアルタイムに監視できる。
 主機駆動式荷役ポンプにはポンプ遠隔監視システムを搭載。ポンプの運転状態は、操舵室と船上のタブレット端末から遠隔で監視でき、タブレット上から非常時の荷役ポンプ緊急停止も可能だ。
 このほか、荷役時の甲板機械も、操舵室から遠隔・集中管理が可能だ。荷役中の喫水変化に対しては、後述する内航ミライ研究会が開発した統合制御パネル「ミライパネル」を通じて甲板機械を遠隔操作し、係船索の長さを調整できる。
 一連の「集中荷役遠隔システム」は、本瓦造船が日本舶用工業会の新製品開発助成事業として、日本財団の助成を受けて開発した。今年2月には特許も取得している。
 これまで、こうした荷役の遠隔操作は、大型船でしか搭載していなかった。だが小型のケミカル船でも使用できる遠隔バルブの実現には、ムサシノ機器がソフトを開発し、バルブを三鈴マシナリーが担当。また、カーゴポンプの遠隔操作・監視は大晃機械工業が協力し、実現した。デジタル化による装置の小型化など工夫したことで、内航船最小クラスの199総トン型タンカーへ搭載可能なシステムが実現した。

全タンク液面計・喫水計表示パネル画面

荷役ポンプ遠隔監視パネル画面

■安全な離着桟作業に


 新たに開発したシステムの2つ目が、「離着桟支援システム」だ。離着桟作業は乗組員の熟練の技量を必要とし、大きな緊張感が伴う。これを支援するため、岸壁との距離や周囲を監視しながら、スラスタとウインチを連動・遠隔操作することで、狭水路でも容易かつ安全な離着桟作業を可能とした。
 まずはスラスタ。従来船の多くが船首のみに装備しているスラスタを、本船は内航船では珍しく船尾にも装備した。船首と船尾のスラスタをそれぞれ単独で操作することに加えて、ジョイスティックによるワンレバーで主機関と2台のスラスタを連動操作でき、平行移動やその場旋回といった操船を可能とした。
 また、船首・船尾には、SKウインチが新開発した、DIMW(ドラムイン・モーター・ウインチ)を含む「スマートデジタルウインチ」も初搭載した。操舵室でウインチ遠を隔操作ができるほか、係船索の繰出し量や張力も検出・表示可能だ。新開発の遠隔集中操作用統合パネル「ミライパネル」で、これらスラスタとウインチを連動して統合制御する。
 

デジタル電動ウインチ(手前がドラムインモーターウインチ)

ミライパネル(左上からウインチ表示パネル、離着桟支援パネル、ジョイスティック、ウインチ操作レバー)」

 このほか、岸壁と本船との距離を、船陸間距離センサー(ミリ波レーダー)で計測し、ミライパネル上に表示する。上甲板など船内各所に設置したライブカメラからの映像と合わせて、周囲の状況を確認しながら、安全な着桟作業を行える。
 この離着桟支援システムの開発で力を発揮したのが、内航ミライ研究会だ。同会は、内航船の労働環境の改善などを目的に、船主や舶用メーカーらが立ち上げた団体で、研究会内の「離着桟部会」が、離着桟作業の簡素化を目指すシステム作りを進めている。ここでの成果が、今回のシステムに投入された。「ミライパネル」は同会が共同開発したもの。さらに、同部会に所属するナカシマプロペラがスラスタやデジタル制御インバーターなど推進システムを担い、SKウインチが甲板機械を担当した。
 離着桟支援システムは、内航ミライ研究会が今後取りまとめて販売を図るほか、平行着桟の半自動化など、安全な着桟の実現を目指した研究開発も引き続き行う。
 

船内ライブカメラの映像を表示

■陸上から支援


 〝りゅうと”導入された3点目の新システムが、「遠隔監視システム」だ。エンジンの運転状態や各機器に関する情報の遠隔監視、運航データの蓄積を可能とするシステムだ。
 船内には、船上データサーバの国際規格ISO19847と、船舶データ形式の規格ISO19848に対応したサーバを搭載。主機関と補機関の温度や圧力といった運転データをサーバに送信・蓄積し、操舵室モニタにも一括表示する。また集中荷役遠隔システムと離着桟支援システムのデータも、サーバに送信・蓄積する。
 サーバを介して船舶と陸上をオンラインで結び、本船の荷役ポンプデータと機関データは陸上のPCやタブレット端末でも遠隔監視が可能。これにより、これまで陸上作業員が把握できなかった荷役情報や運航情報を共有できる。機関長経験のあるスタッフであれば、機関のデータに基づき陸上のモニタで現場を見ながら適切な作業等の指示を船舶に出すこともできる。より安全で的確な荷役作業や機関監視が可能となる。
 このISOデータサーバーはBEMACが協力した。ISO規格でのデータの閲覧・保存を可能とすることで、デジタル機器点数を減らすことができ、集約・統合されたコンパクトな装置となり、小型内航タンカーに搭載が可能となったほか、その分、荷役や運航に関する多くの制御装置が搭載できるようになった。
 また、サーバは通さず、船内のライブカメラの映像も陸上で確認できる。
 

■油圧レスで環境汚染防止


 3つの新開発のシステム以外にも、特徴的な仕様を盛り込んだ。まずは「油圧レス」構造だ。甲板機械を電動化し、遠隔荷役弁を空気駆動化したことで、暴露甲板上の油圧配管をなくし、万が一の海洋汚染防止を図った。
 船型も工夫している。貨物タンクには、本瓦造船の独自船型であるトップサイドタンク付貨物タンク構造を採用した。貨物の液面(自由表面)の面積が最小化し、復原性が大幅に向上。従来型の寸法を維持しつつ積載量を確保できる船型を実現した。さらに、上甲板上のタンク補強材をタンク内に収めることが可能になり、膨張トランクも排除することで上甲板上の大部分をフラットな形状とし、乗組員の通行の安全性や作業効率の向上を図った。
 また、船側外板を傾斜させた形状を採用することで、貨物タンク容積と復原性を確保しつつ総トン数を減らすことができ、その余剰総トン数で操舵室容積の拡大を図った。
 船員の船内生活を改善するため、居住区も刷新した。199総トンクラスの内航船は居住スペースが狭く、機関室が近いため振動・騒音が大きいが、少しでも快適な船内環境を提供できるよう、徹底した振動・騒音・結露対策を実施。機能性やデザイン性、静粛性を重視し、限られた船内空間での居住環境の改善を追求した。

上甲板。トップサイドタンク付カーゴタンク構造を採用

快適性を追求した新型船員室

■次世代の内航海運の礎に


 一連の省略化システムにより、小型内航タンカーならではの荷役作業を中心に、船内作業の必要人員が削減でき、労務負荷も大幅に低減する。事前の試算では「1人あたり月36時間程度の労働時間削減が期待できる」と本瓦社長は期待する。
 今後は、労務負荷を低減できる内航船として、これらシステムの普及を図る。「内航で最も小型の199型タンカーに採用できることが分かったので、499型や749型などさまざまな大きさの船や、ケミカル船以外の白油・黒油タンカー、タンカー以外の船種にも対応できるよう開発していく」(本瓦社長)。本瓦造船として今後建造予定の船舶に積極的に提案するほか、遠隔荷役システムや遠隔監視システムに関しては、本瓦造船がパッケージとして他社に販売することも視野に入れる。さらに、既存船へのレトロフィット用の開発も進める考えだ。採用が広がることで、開発・機器コストの低減も期待する。
 冨士汽船の畝河内社長は省人化システムについて「普及には規制緩和も重要。またコストは船の大きさによって異なるが、おおよそ船員1人・10年分で回収できる」との考えを示した。
 〝りゅうと”が提示した「スマートアシストシップ」のコンセプトは、内航船の課題解決への礎になることが期待されている。畝河内社長は「一朝一夕に課題は解決できるわけではないが、それを検証できる船ができた。本船で安全性や全体の効率性を検証し、改善したうえで、効果が最大限に発揮できるよう規則やルールも見直していただき、既存船のレトロフィットを含めて荷主や現場へのメリットも明確にしていただき、普及につながればと期待している」と力を込める。

【りゅうと 主要目】196総トン、LBDd=40.0m×8.0m×3.35m-3.1m、速力10.5ノット、主機:6EY17W型ディーゼルエンジン(749kW)×1基、航行区域:沿海、船級JG

(雑誌『COMPASS』2021年9月号「船のみどころみせどころ」より)