2026年9月17日無料公開記事未来を探せ70の視点 未来を探せ

海事プレス社創立70周年特別企画【未来を探せ~70の視点】
有機的ネットワークで船・人不足に対応
#41 乾汽船・乾康之社長

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必要とする人材像は“面白がれる人”と乾社長

 乾汽船の乾康之社長は重視する課題として船不足、人手不足への対応を挙げたうえで、その解決には有機的なネットワークを通じた情報共有・情報交換によるリソースの有効活用が必要との認識を示す。乾社長は「これまでのモデルは基本的に“囲い込み”だった。しかし船も人も足りなくなる時代にあっては、違うモデルを模索しなければならないはずだ。フラットでオープンなプラットフォームを活用して輸送を効率化することで、限りあるリソースをさらに有効に使えるようになる」と期待する。

■船会社の使命“運ぶこと”を継続

 ― 世界の海事産業、海運における課題や問題意識について。
 「海事産業に従事する者としてまず思うのは“平和を願うこと”だ。世界の海が平和であることを前提に、われわれは仕事をしている。戦争や地政学的リスクを対岸の火事と思わず、『われわれの産業の問題だ』と考えることが大事だ。戦争を当たり前に受け入れてはいけない。可能な限り『それは困る』、『やめてくれ』と主張しなければならない。近年は戦争や地政学的リスクを事業環境の一部として捉えることが普通になっている。たとえ戦争でトンマイルが伸び、マーケットが良くなる一面があったとしても、戦争に対する怒りや平和を求める意思は示さなければならない」
 「2つ目は“環境”だ。二酸化炭素(CO2)を排出していることを“はばかる気持ち”を持たなければならない。この意識がなければ、環境対応で『できることをしよう』とはならない。一方で、『できないことを言うな』とも思っている。“何年までに何を達成するか”というコミットメントそれ自体が目的になってはならない。今できることをきちんとやるという意識が大事だ。環境問題に対する世の中の意識は現状少し弱まっているが、できることがあればやるという姿勢を持ち続けるべきだ」
 「3つ目は船会社の使命である“運ぶこと”の継続だ。地政学的リスクや環境など、どのような課題や問題があっても、運ぶことを躊躇してはならない。可能な限り、堂々と、一生懸命運び続けることを基本的な考えとして重視していきたい」
 ― 乾汽船として重視している課題と、その解決策は。
 「船や人が足りなくなることへの対応だ。日本の造船能力は以前よりも小さくなっており、今の船隊規模を維持するのも簡単ではない。船台も数年先まで埋まり、将来的には造船所の人手確保も課題になる。船員についても同様に、今後出てくるハイクオリティな船をうまく扱える船長や機関長などトップクラスの人材は限られてくるだろう。供給される船や高度なスキルを持つ船員が不足する中、今後そのリソースを有効活用するためには、個々の会社が船や人材を囲い込むのではなく、各社で有機的なネットワークを利用することが必要だと考えている」

■プラットフォーム活用で情報共有

 ― 有機的なネットワークをどのように利用するのか。
 「有機的なネットワークの活用先の1つがバラスト航海の削減だ。空荷で航行する時間を減らすには情報を交換・共有すればよい。例えばプール事業はその1つの形だろう。しかし私がイメージしているのは、さらにフラットでオープンなプラットフォームだ。特定のプラットフォーマーが情報や利益をすべて享受する仕組みでは誰も乗ってこない。インターネットのように、皆が使える共有基盤でなければならない。今後は生成AIの発展に伴ってそうした仕組みの普及が現実味を帯びてくると考えている」
 「これまで高度なマッチングや交渉は人間でなければ難しいとされていたが、実際これは“暗黙知の形式知化”によって可能だ。交渉に必要な条件を形式知に変え、オープンでフラットなマーケットと、情報を不正利用しないフェアな環境ができれば、ばら積み船のスポット用船などで高度なマッチングが可能になる。これが成れば世界中でバラスト航海を減らすことができる」
 ― 具体的な取り組みは。
 「当社ではVIB(Vessel information board)という情報共有ツールを自社開発して使っている。現在はバルカー50隻程度が登録されており、ブローカーなど複数社が参加している。『2週間後にアジアでフリーになる船はあるか』といった、船の将来ポジションが分かるもので、無料だ。機密性の高い情報ではないが、信頼できる仲間だけの共有財産として使っている」
 ― プラットフォームや情報共有に関する今後の戦略、方針は。
 「VIBのネットワークは広げていきたい。当社単体では既にハンディバルカー船隊を40隻以上に拡大させるめどが立っているが、主な活動地域は太平洋だ。例えば大西洋に強い船社や、10隻、数十隻の運航規模を持つオペレーターが加われば、100隻規模のネットワークも実現できる。そうなればドライバルクの世界でも一定のプレゼンスが出てくるだろう」
 「こうしたプラットフォームでは参加者が実務においてメリットのある部分を共有できれば良い。例えば当社ではMOS(Maritime Operation System)で世界各港ごとの注意事項などオペレーションに関する情報を蓄積している。そうした知見を共有できればナレッジマネジメントとしても非常に有効だろう。環境対応でも、例えばスクラバーを搭載した、しなかったという結果だけでなく、“なぜそう判断したのか”というジャッジメントの背景を共有すると大きな価値が出てくるのではないか」

■考えを固定化しない

 ― 海運、倉庫・物流、不動産を含めた乾汽船全体の将来像をどのように描いているか。
 「長期ビジョンは『よくはこぶ』だが、そこに至る会社の形を固定化する考えはない。当社の不動産事業について言えば、“不動産事業”というより“勝どき事業”だと捉えている。既存の資産を大事に管理し、その価値を高めることを基本としている。社内でも部署名は“不動産事業部”ではなく、“不動産管理部”だ」
 ― 外航海運事業における船舶投資についての考え方は。
 「ここでも考えを固定化しないことを意識している。さまざまな個別要因はあるものの、船台が4年先まで埋まっている現状は買い時に非ず。逆に、2年先に空きがあるようなら買い時、という荒っぽい理屈を同居させるのも大事だ」
 「次世代船についても、どのような船が普及するのか、今から決めつける必要はない。日々変わるトピックスを追いつつも、まずはファンダメンタルズをきちんと読み解くことにリソースを割くべきだと考えている」
 ― 注目している技術などはあるか。
 「私が注目しているのはソフト面での技術の進歩だ。ネットワークをつなぐ新しい考え方、組織のあり方、プラットフォームを滑らかにする仕組みは、生成AIの普及とともに急速に進化すると考えている。AIは今後、単に人間の作業を置き換えるのではなく、人と人とのつながりを強める、ネットワークへの門戸を広げる、そうした方向に発展していくと予想している」
 ― 乾汽船として注目しているマーケットやトレードは。
 「アジアだ。この地域には、まだわれわれが十分に取り込めていない貨物が多くある。採算など難しい部分はあるが、実際にそこで商売しているプレーヤーがいる。彼らがどのように商売しているのかを考えることで可能性は広がる。最初からできないと決めつけてはならない」
 ― これからの海事産業、そして乾汽船が必要とする人材像は。
 「根本的には“面白がれる人”だろう。海運は世界中の人々の暮らしを一番下で支えている。その意味で、これほど分かりやすい仕事はない。この仕事を実は面白いぞと思えるかどうかだ。そして、われわれ自身が楽しんで仕事をし、その姿を見た次の世代が『もっと面白いことができる』と入ってくる。この好循環が大事だ。“ワールドワイド”や“社会貢献”といった言葉で飾らなくとも、人々の暮らしを支える仕事そのものを面白がれる人。そうした人が入ってきてくれることが一番だ」
(聞き手:中村直樹、藤原裕士、小濱敬)

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