中国造船業の新造船建造の世界シェアが、昨年初めて50%を超えた。現在の受注状況をふまえると、数年内に建造シェアが6割に達する可能性もある。日本造船業が世界シェア50%超を最後に記録したのは、ちょうど40年前だ。その後、日韓の「二強」、韓日中の「三国鼎立」、韓中の「二強」の時代を経て、再び一強体制へ。このまま造船業は、「中国の覇権」の時代に移行するのか。
「中国は過去30年近くにわたり、海事・物流・造船部門を覇権の標的とし、市場支配を追求するために攻撃的で具体的な目標を採用してきた」―。米国通商代表部(USTR)がこのほど発表した、中国建造船などに対する対抗措置案は、こうした認識を前提にしている。その中で、1999年にわずか5%だった中国の世界造船市場シェアが、ついに5割を超えたことを指摘。「中国はその支配目標をほぼ達成し、依存関係や脆弱性から経済安全保障上のリスクを生み出した」と、中国の覇権体制が確立されたことと、それに伴う脅威を改めて示した。
S&Pグローバル(旧IHSマークイット)の新造船データに基づく速報値によると、昨年の世界の新造船受注量は1億3843万総トンと過去2番目の高水準となった。このうち中国造船所のシェアは、総トンベースで実に70%を占めた。ただし「本当に建造できるかどうか分からない受注シェアよりも、注目すべきは、新造船の建造量シェアだ」(関係者)。世界の竣工量は昨年7031万総トンと12年ぶりに7000万総トンを超え、中国の建造シェアは53%に達した。中国として過去最大のシェア水準である。
造船業の過去100年の歴史を振り返ると、世界シェア50%を超えた国は、英国と日本しかない。日本造船業が最盛期に世界シェア5割超を記録したのも、わずか3回だ。最初は第一次石油危機直後、タンカーブーム期に受注した大量のタンカーの竣工が相次いだ1974年で、世界シェアは50%。続いてプラザ合意直前、三光ブームでバルカー建造が続いた1984年に53%、翌1985年に52%を記録した。
いずれも、それ以前の好況期に受注した船の建造が集中し、造船所が多忙を極めていた時期だった。一方で、この頃には既に受注はピークアウトしていた。1974年には受注船のキャンセルが相次ぎ、大不況が始まっていた。1984年には欧州の造船業は衰退し、日本も十分な収益は上げられていなかった。1985年には秋のプラザ合意で、円高不況の崖っぷちに立たされていた。「50%というシェアの数字を意識していたわけではなく、むしろ不況対策をどう進めるかで頭はいっぱいだった」と当時を知る関係者は振り返る。日本は一強体制を生かして収益の最大化を図るというより、このシェアを背景に、日本主導の供給調整を進め、不況対策に活用する方向を選んだ。
当時の高揚感なき「日本一強」に対し、現在の中国は様相が異なる。世界シェアは50%を超え、収益面でも船価上昇と鋼材価格下落により利益は右肩上がり。需要はなお強く、設備増強にも積極的だ。現地の新聞記事や公式発表の文面からは、造船強国の地位を獲得した自信がにじむ。
現在の受注残データをみると、中国の新造船竣工量は今年、4000万総トン近辺まで増え、来年には4700万総トンに達する可能性もある。この通り推移すれば、2027年時点での市場シェアは実に60%。米国報告書が指摘する通り、中国造船業の「覇権」体制が確立されたかのようだ。
さらに、40年前の日本と大きく異なるのは、中国の覇権を脅かす「次の中国」が見当たらないことだ。かつての日本には、後発の韓国が追い上げ、中国という眠れる獅子も控えていた。現在はどうか。人口規模で中国を上回るインドが次の造船強国に名乗りを上げているものの、「社会構造などからして第二の中国にはなり得ない。ベトナムやアフリカも、中国に取って代わるほどの潜在力はない」(造船経営者)との見方が大勢だ。つまり、中国に対峙できるのは、今後も韓国と日本だけという構図が続くことになる。
中国一強の時代に、造船業はどう変わるのか。
(対馬和弘が担当します)