2022年10月4日無料公開記事内航NEXT
内航キーマンインタビュー
《連載》内航キーマンインタビュー⑯
DX加速で「安定航行供給業」へ昇華
向島ドック・久野智寛社長
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船舶修繕大手の向島ドックは、内航業界の船員不足や人材不足が深刻化する中、修繕業の知見に工務監督と船主のノウハウを加えた保守管理サービス「安定航行供給業」を内航海運の安定輸送のための船舶修繕業のあり方の1つであると考え、事業ミッションとして進めている。修繕と船舶保有のシナジーを追求するとともに、修繕メニューの標準化に向けたDXの活用を5年前から進めており、生産管理の改革を加速させている。7月に新社長に就任した久野智寛社長(写真)に事業環境や今後の戦略を聞いた。
■修繕と保有のシナジー追求
― 向島ドックは船舶修繕のほか、船舶保有業、プレジャーボートなどのマリーナ事業を手掛けられているが、主力の修繕事業の現況や見通しは。
「船舶修繕事業の年間入渠工事隻数は約300隻で安定しており、内航船や近海船、官公庁船の修繕を手掛けている。船種も貨物船からタンカー、LNG船まで内航船のほとんどの船種で実績がある」
― 保有船事業は。
「現行船隊は5隻で、内航貨物船4隻、内航コンテナ船1隻になる。コロナ禍で止まった時期もあったが、現在は各船とも順調に運航されている。発注残は貨物船1隻で、国土交通省の『内航船の運航効率化実証事業』に採択された。当社の保有船事業は船舶保有そのものが目的でなく、従来の船舶修繕業に船主業と工務監督のノウハウを融合し、新造船から売船するまでの安定航行をミニマムなコストで一括して顧客に提供するビジネスモデル“安定航行供給業”の確立が目的だ。内航船業界全体の課題である船員・機関士不足が深刻化するなか、船員の労働環境の改善と環境対応につながるような船の開発と、船のライフサイクルを通じた船舶修繕の最適なサービスの提供に貢献していけるよう、船舶修繕と船舶保有のシナジーをより強めていきたい」
― 各事業の売上規模は。
「売上規模は修繕が約40億円、フリートが約6億円、マリーナが約3億円。売上規模にはこだわらず、質を重視しており、ここ数年はより筋肉質な企業体質になったと実感している」
― これまで修繕ドックの整備も進めてきたが、現状の設備の状況と今後の設備投資の考え方は。
「修繕ドックは1号乾ドック、2号乾ドック、3号乾ドック、No.1浮きドック、No.2浮きドックの5本になる。昨年より2号乾ドックと3号乾ドックのゲートを50年ぶりに更新している。また、2隻目の楕円形のタグボート“桜丸”を一昨年建造して、運用している。ハードの設備投資はこれまで行ってきたので、今後はDXも活用しながら現場の安全性や設備の保全力を高めるような部分に投資していきたい」
■DXで修繕メニューを標準化
― 課題は。
「船舶修繕は仕事の基準となる図面や原単位がなく、その都度オーダーメードで対応しているので、職人の経験や勘など個々人の能力や裁量に委ねてられている部分が多い。作業メニューの表現も顧客と修繕ヤードの個々人で異なり、工事中に不具合が発見されて追加工事が出てくることもある。生産性の面だけでなく、船員問題と同じように少子高齢化が進む中で、個々人の裁量に委ねるのは安全や品質の面で今後問題が発生する可能性もある。こうした図面のない世界で、どのように生産性を高めるかという命題が最大の挑戦と考えている」
「私の前職の自動車業界をはじめとした製造業ではBOM(ビル・オブ・マテリアル、部品構成表)があり、製品の製造に必要な部品を一覧にして、どのような構成で組み上がっているかを把握するための情報が示されており、加工工程、調達、物流、QCDS(品質・コスト・納期・安全)などの必要不可欠な製品情報が設計から製造現場まで一元的に引き継がれ管理されている。ただ、本来は船舶修繕の仕事も個々人の経験や勘に基づいた作業などを“見える化”することで、BOMと同じような発想や考え方が活用できる部分も多いと考えている。船舶修繕の場合は、図面に該当するのが顧客の要望を盛り込んだ工事仕様書になり、仕様書をいかに事前に聞き込んでメニューを作り込むかが修繕ヤードの生産性向上につながるはずだ。そのために、作業メニューを定義・標準化した仕様書を社内全体・顧客と共有することが必要で、それを作り上げるべく取り組んでいる」
― 具体的にはどのように取り組んでいるか。
「計画チームを2017年に再編・強化して、5年前からDXを活用したデータ蓄積・分析・活用に向けて投資をして、取り組んでいる。仮説を立てた仕事の原単位に対して、どういった仕事にどのくらいの時間や手間がかかるのか、作業実績などのデータをとって棚卸しをしながら、向島ドックの修繕計画システムを一から構築し、原単位を作るためのデータを収集している。これを蓄積すれば、作業を“見える化”でき、明確な生産計画を立てられるようになる。顧客に標準化した1つのプラットフォームとして共有してもらえれば、当社の誰もが最適な修繕メニューを提案できるうえ、時系列のビックデータに基づいて最適なタイミングでより効率の良い修繕・保守・保全を提供することができる。修繕作業においても、やることとやるための有用な情報がジャスト・イン・タイムで降ってくる環境となるので、DXを通じた同じ価値基準に基づいて、社員一人ひとりが自ら考えて行動できる部分も増えてくるはずだ。船舶修理業から安定航行供給業までの昇華の過程の中で、最終的には『ここまでやるのか向島ドック』と言われるような姿を目指すべく、それを後押しするDXの活用を加速させている」
■強い企業に向け理念再構築
― 人員体制と人材採用の考え方は。
「社員は180人で、内訳は修繕事業が約160人、フリート事業が15人程度、マリーナ事業が5人程度となっている。平均年齢は35歳未満と若い」
「人材確保に向けて取り組んでいることは多数あるが、その1つが休日の増加。当社は前社長時代に業界に先駆けて日曜日を全休にしたが、更に一歩進めて土曜日やゴールデンウィークやお盆、年末年始の連休を増やそうと努力している。修繕事業の特性上、休日を増やすのは簡単ではないが、休日が増えても担当技師一人ひとりのクオリティやホスピタリティ、現場技能員の技術力などで『それでもやっぱり向島ドック』と顧客から言ってもらえるようなサービスの提供を心がけていく。また、当社の理念や考え方に共感を持ってもらえる人に仲間に加わってほしいと考えており、私自身も講演などの場に出て学生に説明したり、直接交流する場を作るようにしている」
― どのような会社にしていきたいか。
「船舶修理業から『安定航行供給業』へ昇華させるのが私のミッションだが、そのために重要なのはやはり人に帰結し、DXはそれを後押しするためのものだ。良い会社とは、しっかりとしたサービスを提供して社会・地域に貢献し、社員全員が幸せになることだと考えるが、社員や家族の幸せが最も重要だ。働くことそのものから得られる幸せと、経済的な豊かさからくる幸せを両立しなくてはいけない。若手の社員が多い中で、多様な人材が自ら考え、同じゴールに向かう強い企業を目指すため、向島ドックの経営理念がどういうものか、自分たちは何を目指すのかを今一度再構築し、幹部や従業員とも共有しながら、作り上げている。安定航行供給業を実現できれば自ずと経済的な利益も生み出すことができ、良い会社に昇華していくと考えているが、やはりそれを実行する社員の自立とパワーがないと達成できない」
(聞き手:松井弘樹)