2021年7月1日無料公開記事内航NEXT

初のLNG燃料内航貨物船

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“いせ みらい”  商船三井内航・テクノ中部・協同海運/檜垣造船

商船三井グループの商船三井内航、中部電力グループのテクノ中部、協同海運が共同保有するLNG燃料内航貨物船“いせ みらい”(6455総トン/7797重量トン)が2020年12月に檜垣造船で竣工した。日本の内航貨物船で初のLNG燃料船で、中部電力と東京電力グループが出資する発電会社JERA向けの発電用石炭輸送などに従事。内航海運の代替燃料導入の口火を切る。(深澤義仁、対馬和弘)

■LNG燃料で排ガス抑制


 名古屋市から南に約40km。愛知県碧南市の南部、衣浦港にある碧南火力発電所は、中部エリアをはじめとした各地に電力を供給する重要拠点だ。同発電所が必要とする石炭の一部は、三重県四日市港の中部コールセンターから内航で二次輸送されている。以前は重油焚きのプッシャー・バージ“いせ・きょうえい”(6700重量トン、1993年竣工)がこの輸送を担っていたが、同船が老朽化したことからリプレースされることになった。
 代替船の建造にあたって当時念頭にあったのが、2020年1月から始まる予定のIMO(国際海事機関)の硫黄酸化物(SOx)排出規制強化だった。全世界の船舶で、燃料の硫黄分を0.5%以下にすることが求められ、内航輸送船もこの対象になることが決まっていた。そこで、代替船ではLNGを燃料として使用する構想が浮上した。LNGであれば、燃焼時のSOx排出をほぼゼロにできるだけでなく、温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)は一般的な舶用燃料油に比べて約24%削減、窒素酸化物(NOx)の排出は約43%低減できる。内航貨物船でLNG燃料の採用例はまだなかったが、荷主の中部電力はLNG燃料船の建造に踏み切ることを2018年3月に決めた。


■代替前よりも大型化


 中部電力の火力発電事業が2019年4月にJERAに引き継がれるとともに、この新船建造プロジェクトもJERAに継承。2021年12月、LNG燃料貨物船〝いせ みらい”として竣工した。
 “いせ みらい”は碧南火力発電所の消費量の1割に相当する年間約100万トンの石炭を輸送する。リプレース前の“いせ・きょうえい”より大型化した。
 本船は、商船三井内航と、中部電力グループのテクノ中部、碧南火力向け石炭二次輸送などを手掛ける協同海運の3社による共同保有。協同海運が運航・船舶管理・船員配乗を担っている。
 

■国産技術でLNG燃料化

 本船の最大の特徴であるLNG燃料に関するシステムを紹介していこう。まず主機関としては、IHI原動機製の中速デュアルフューエル(DF)エンジン「8MG28AHX-DF」を搭載している。同主機は、2015年に初採用されて以降、国内外で多くの稼働実績を持つDF機関のシリーズ機。LNGとA重油の二種類を燃料として使用でき、万が一、燃料ガス系統に異常が発生した場合でも、ガス運転モードからディーゼル運転モードへの瞬時の切り替えが全負荷領域で可能となっている。“いせ みらい”は入出のスタンバイ時にA重油を焚き、航海スピードになる前にガス焚きに切り替えている。

主機関の8MG28AHX-DF

円筒式のLNG燃料タンク

 燃料タンクとして、容量70立方メートルの独立型タイプCの円筒式タンクを横向きに船内に搭載している。タンクは真空断熱構造で、液化した天然ガスを内部に格納している。
 タンクからエンジンへの燃料供給は、ボイルオフガスの圧力によって行う仕組みだ。また気化装置として、加圧蒸発器とLNG蒸発器を搭載。主機関の冷却水の温度を熱源として利用する省エネタイプとしている。LNGタンクスペースにはガス検知の警報装置を搭載している。これらLNG燃料に関する主要な機器の多くは、国内メーカーによる国産品だ。​
 このほかの特徴的な仕様として、プロペラ1枚に対し舵2枚を備えた「ベクツイン・システム」を採用したことも挙げられる。舵角は105度から35度まで自由に動く特徴があり、舵の操作だけで前進から後進へと高い操船性能を発揮できる。
 

LNG蒸発器

ガス燃焼ユニット


■スケジュール通りの建造


 建造プロジェクトは、LNG燃料のガスエンジンと供給システムにおける燃焼効率の最適化を図る技術実証事業として、環境省と国土交通省の補助制度「代替燃料活用による船舶からのCO2排出削減対策モデル事業」の対象に選定された。
 建造にあたっては、協同海運が建造監督を担当。また商船三井内航の親会社の商船三井は既に2019年にLNG燃料タグボート“いしん”を建造した経験を持つことから、同社の技術部が技術的サポートを行った。 
 日本初のLNG内航貨物船であり、建造を担った檜垣造船としてもLNG燃料船の建造は初めてということもあり、設計や建造は模索しながら進めた。例えば設計面では、燃料タンクなどLNG燃料関連システムを船内に格納しつつ、貨物スペースを犠牲にしないように配置の工夫が必要となった。このため機関室のスペースを見直しており、その分、狭いスペースに配管を配置する設計に苦労をした。建造にあたってもLNGに関する配管工事が現場で苦労したポイントだった。
 また建造中には新型コロナウイルスによる移動制限などの影響も生じた。艤装品や資機材は予め手配していたため、コロナの影響で間に合わない事態は防げたが、一方で、初のLNG燃料化にあたって予定していた現場への技術アドバイザーの派遣などに困難が生じ、ウェブ会議などを通じて実施することになった。困難がありながらも、20年度末までに運航開始するという納期を守るため、スケジュールをキープ。12月の竣工にこぎつけた。
 

機関室

FGSS制御盤


■船員資格も取得

 建造と並行して、船員の訓練も進んだ。LNG燃料船に乗り組む船員は「危険物等取扱責任者(低引火点燃料)」の資格を取得する必要がある。“いせ みらい”の乗組員は船長、機関長、一等航海士・機関士、二等航海士・機関士と部員2人の計8人。船員配乗を行う協同海運は国際ガス燃料船安全コード(IGFコード)に準拠して甲種資格を船長、機関長、一等航海士・機関士の4人に、乙種資格を全員に取得させた。同資格を取得するには海技大学校(兵庫県芦屋市)が行っている2日間の講習を受ける必要がある。
 さらに機関士には、IHI原動機が実施するLNG二元燃料エンジンの取扱いに関する講習を受けさせた。協同海運は「既存の船を運航しながら講習を受けなければならず、講習の開催日も少ないためスケジュール的にはタイトだった」と振り返る。また、同船は内航船としては珍しいECDIS(電子海図表紙装置)を搭載しているため、乗組員は同装置の研修も受けて資格を取得した。 

 

船橋内


■2方式のバンカリング


 同船へのLNG燃料供給(バンカリング)の方法は2種類。タンクローリーから供給する「トラック・ツー・シップ方式」と桟橋から直接供給する「ショア・ツー・シップ方式」だ。
 メーンとなるのが、トラック・ツー・シップ方式。中部電力のグループ会社シーエナジーのタンクローリーにLNGを積込・移送して、四日市港霞ふ頭で本船に供給している。タンクローリーと燃料タンクの圧力差を利用してLNG燃料を送り込む方法をとっている。LNG燃料タンク内の圧力は、通常は0.5MPa前後をキープしているが、その前の航海は減圧航海を行い0.3MPaまで圧力を下げてバンカリング地の四日市に入る。従来の重油焚きの船にはなかったオペレーションになるため、「減圧航海の調整に最も気を遣う」(協同海運)という。
 四日市港と衣浦港の距離は39マイルで、航海時間は片道4時間。一往復で約1.5トンのLNG燃料を消費する。燃料タンクは最大約30トンのLNG燃料を搭載できるが、LNGタンクローリー1台分の積載量は14トンのため、トラック・ツー・シップでは9航海に1回の頻度でバンカリングを行う。 
 また、ショア・ツー・シップ方式は、JERA川越火力発電所で貯蔵するLNGを内航桟橋から直接供給する形だ。中部地区ではJERAと日本郵船、川崎汽船、豊田通商の合弁会社セントラルLNGシッピングが保有する国内初のLNGバンカリング船“かぐや”が2020年10月から燃料供給事業を開始している。これに合わせて川越火力の内航桟橋を改装したことで、“いせ みらい”へのショア・ツー・シップでのLNGバンカリングも可能になった。 
 

タンクローリーからLNG燃料を供給


■未来を照らす船

 昨年12月10日、檜垣造船波方工場で行われた命名・竣工式典では、荷主のJERAの小野田聡社長が〝いせ みらい”と命名し、同令室が支綱切断を行った。
 共有船主から商船三井内航の中島正歳社長、テクノ中部の深澤元喜社長、協同海運の西村譲治社長らが出席。また、環境省の白石隆夫大臣官房審議官、国土交通省の多門勝良海事局次長も参列した。 
 同船は竣工後、今年3月中旬までの約3カ月間、CO2排出削減効果の実証運航を行った。ガス焚き運航時はディーゼル焚き運航時と比べてCO2排出量が24.8%減少することが確認され、期待していた環境性能を発揮した。また、ガス焚き運航中はエンジン音が非常に静かで、船内の労働環境改善にも寄与している。 
 〝いせ みらい”の船名が示すように、本船は伊勢湾エリアでの環境負荷低減への未来を示す船。さらに、これから本格化する内航海運のGHG削減にむけても、未来を照らす船となる。

命名式

(雑誌『COMPASS』2021年7月号「船のみどころみせどころ」より)