2025年5月8日無料公開記事海事都市今治

記者座談会/海運この1カ月<中>
船主、造船、金融の三位一体で成長
今治船主、強さの源泉は地域にあり

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 海事都市・今治の特徴は、船主、造船所・舶用メーカー、地場金融機関が三位一体で存在していることにある。それだけに案件組成の意思決定が早く、情報も集まるため、世界中の海事企業が今治を目指す。今治船主の強さの源泉は、今治という地域に根を張っていることに他ならない。


三位一体で成長

司会 記者座談会の<上>では、過去20年間の今治船主の変化、そして規模の力が強さの源泉になっていることを話してきた。強さの源泉という観点では、今治という地域の存在が大きな意味を持っている。

― 海事都市・今治の特徴は、船主、造船所と舶用メーカー、地場金融機関が三位一体で存在していることだろう。今治は船主と造船所が二人三脚、共存共栄で一緒に育ってきたが、他の海事都市にはそれがない。

― 今治では歴史的な背景から自然発生的に海事クラスターが生まれており、国が税制優遇などで誘致したわけではない。シンガポールなどとは異なる。シンガポールが税制などを武器に政策的に海事都市を形成したのとは好対照だ。

― 船主と金融の関係でも今治は独特だ。例えば、香港は海事都市であり、金融都市でもあるが、金融機関は富裕層であるオーナーの資産向けに金融サービスを提供するのがメインだ。シップファイナンスはその延長として捉えるところが多く、日本のシップファイナンスとは性格が異なっている。

― ギリシャには金融機関はあるが、舶用メーカーなどの製造業がほとんどない。韓国は造船、舶用メーカーとも製造業は盛んだが、専業船主は多くない。オスロは、製造業は存在するものの、一般商船というよりもリグなどのオフショア関連が対象になっている。流動性の高い、汎用性のある船舶資産をサプライするソースはオスロにはあまりない。シンガポールは欧州のオペレーターの出先も多く、国内船主の第二の拠点になりつつある一方、一般商船の製造は行っていない。

― 今治の老舗船主に聞くと、船主は造船所と一体で成長してきたとの思いが強い。昔は船主がいるところに船大工がいた、という。船大工は造船所の前身で、今治などの造船所も船大工から始まっている。戦後には来島どっくが船価の全額後払いというスキームを始め、それで今治の船主が外航の鋼船を造り始めて伸びていったという歴史もある。

― 船主と造船所の一体感を後押ししたのが金融だ。シップファイナンスを手掛ける意思決定の早い地場の金融機関がいることは船主にとって大きなアドバンテージになった。今治にいるメリットについて船主に聞くと、昔からお付き合いのある地域金融機関がいて、船を建造する際に適正な案件であればすぐにファイナンスを得られることだそうだ。長い関係があるからこそ、困ったことがあれば、金融機関は地元の船主を助ける。

― これだけ1つの地域に数多くの海事関連企業が集積していると、オペレーターや商社など関係者が集まってくるので情報が集まる。今治は日本の中では最大の船主集積地なので、その分、多くの情報が集まることもこの地域の優位性の1つだ。船主、造船所、舶用メーカー、地場の金融機関が、世界の海事都市とは比較にならないほど集積していることのメリットはとても大きい。

― 今治にはビジネスに直結する情報が世界中から集まるよね。世界中の海事関係者が、商談や意見交換のために今治に足を運び、さまざまなビジネスに発展している。そのような地位にある日本の産業は極めて珍しい。

― 舶用メーカー、船舶管理会社、商社、ブローカー、金融機関などを通じて、船主同士が一定の距離を保ちながらも情報共有でつながっているため、活きた現場情報が今治にはある。それだけに業界関係者には高いレベルのサービスが常に求められるという話も聞いた。

― 全てのプレイヤーが一堂に会している。だからこそ、今治で自己完結してビジネスを構築できるので、案件の組成スピードが早いのも大きな特徴だ。すぐに決めることができる。人となりを含めて船主と金融機関ですぐに案件の話をできるだけの間柄、関係性ができていることも意思決定の早さにつながっている。

― だから商社などは真っ先に今治船主に案件を持っていく傾向が強い。造船所、地銀、船主の三位一体で案件をクイックに組成できる。海外用船者の案件をマッチングできるプレイヤーも多い。今治の海事クラスターは歴史も長いので、海外の用船者や船主にとっても過去の取引を通じた経験値があり、今治のプレイヤーと商売を進めやすく、長期安定的で良好な案件が自ずと持ち込まれることが多いという好循環ができている。

強い今治船主

司会 今治船主は強い。過去、倒産して消えた船主はほとんどいない。その強さは他地域の船主と比較すると際立っている。

― 今治の船主はどんな状況になっても皆しぶとく生き残ってきた。今まで船主業から撤退したのは新規で参入した船主が多く、昔から船主業を展開していて撤退を余儀なくされたのはほんの数社と言われている。この間、為替、マーケットなどの大変動を幾度も繰り返しているのに、大半の船主が生き残っている。

― 今治船主は保有船隊の規模が昔とは比較にならないほど増えた。これだけ拡大してきたのに、過去20年では円高やコロナ禍などの厳しい荒波があったのに、経営破たんした船主がいないのは驚きだ。今治の船主が体力的に強いのはもちろんのこと、厳しい時には今治の海事クラスター内で支え、助け合い、刺激し合ってきたことも影響しているのだろう。

― こんな話を聞いたことがある。大昔の機帆船の時代は用船がなく、自分で荷物を買って運んで売っていたから、皆で協力しないと仕事が上手く回らなかったので仲良くやっていた。それが徐々に変わり始め、皆がどんどん外航船に出て行ったことで競争心や自立心が生まれた。お互いに切磋琢磨し、競うような形で大きくなっていったと。これが強さの源かもしれない。

― しぶとさの理由には意地もあるだろうし、歴史が長いので学んでいる部分もある。地域の金融機関が上手くやってきたのも大きな理由ではないか。地銀はリスケジュール(借入金の返済条件見直し)などで船主を支え続けたし、無理な投資にはストップをかけてきた。都銀ではこうした対応は難しいだろうから、地銀の協力が非常に大きい。

― リーマン・ショックやコロナ禍で、一時的に海運マーケットが下落した際も、今治の船主は強かったね。外航船の歴史が長いので、市況の荒波を見据えた堅実な船主経営で盤石な財務基盤を築いていた。

― 今治船主が大きく成長してきたのは、村上水軍のDNAを受け継ぎ、船主としての自覚、先見性、チャレンジ精神、決断力があったからではないか、と言われている。外航船に日本で最も早く進出し、その後も大型化や船種の多様化を進めてきた歴史がそれを物語る。

― 中古船主体から始まったギリシャ船主と異なり、新造船主体のリスクマネジメントが根付いている影響も指摘されている。ボラティリティのある事業環境の中で新造船を主体に長年継続して安定成長していくビジネスモデルだったことも大きい。

― 強さの源泉には歴史と伝統、それに加えて多様性も影響しているように思える。一杯船主から大手船主まで、内航、外航も含めて多様な船主が今治にはいる。こうした地域は少ないだろう。一杯船主や保有隻数が少ない船主は経営が難しい面もあるかと思うが、多様な船主が一緒になって頑張っているところは面白いし、今治の魅力でもあるし、それぞれが影響し合って強くなっている気がする。

― 昔、今治の大手船主が各地域の特色について説明してくれたことがある。波方(波方町の船主)は大なるをもって貴しとする地域。1トンでも大きい方が会社を支えやすい。これが波方軍団の精神だ、と。伯方島軍団の精神は新鋭船をもって貴し。時のものを持っていたら会社が潰れることはないと考えるのが伯方島の船主。今治市内の船主は特殊船を好む、と。「東京から見たら今治の船主は一色に見えるかもしれないが、ここでは精神がそれぞれにある」と聞いたことがある。

― 保有隻数や業容、資産が拡大しても、経営姿勢や生活水準はほとんど変わらず、堅実な姿勢を貫く船主が多いのも強さの秘訣ではないだろうか。その一方で、スイスフランやマルチカレンシーでのファイナンスなど、環境に応じて柔軟に新しいものを採り入れる土壌もある。

― 今治船主は変わることを恐れない。前回の座談会でも触れたが、必要とあれば主力船種をメガコンテナ船などに大胆に組み替える。BBC(裸用船)は昔嫌われていたが、メリットがあると理解するとすぐに取り入れる。変わり身の早さも強さにつながっている。

― 一方で経営方針がぶれない船主も多い。自分たちはこれで行く、と決めたら、それを貫き通す頑固さもある。要は、変わり身が早かろうが、頑固に経営姿勢を貫こうが、自分たちなりの勝ちパターンを持っている船主が多いということだと思う。自分を持っている船主が多いのではないかな。

― 今治船主の多様性はいまの時代に合っている。船主は事業運営に当たって多くの選択を迫られている。「保有船の適正規模は」「船種は分散か集中か」「船舶管理は自社管理か外部委託か」「TCかBBCか」―など論点はいろいろある。

― 正解はない。自社の強みや特徴に合わせてそれぞれが判断していくしかない。多様であるがゆえに選択肢が豊富にあり、経営者の判断1つで成長も衰退もあり得る厳しい時代でもある。船主はもはや同じ道を歩むのではなく、生き残りに向けてビジネスモデルを競い合う時代が到来して久しい。そのモデルを持っている船主が多いのが今治という地域の特色なのだろう。
(海運、つづく)