2025年5月7日無料公開記事海事都市今治

記者座談会/海運この1カ月<上>
変化対応力と規模が強み
今治船主、短期用船・先行発注も

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 2005年に愛媛県の今治市、波方町、伯方町、大西町など船主・造船所が集積する12市町村が合併し、世界有数の海事都市・今治市が誕生した。それから20年が経過し、今治船主は大きな飛躍を遂げた。間もなく今治海事展「バリシップ2025」が開幕する。今月の記者座談会では2回に分けて、今治船主の20年を振り返り、強さの源泉を探る。


変化に対応

司会 今治船主は日本の中でいち早く海外オペレーター向けに用船先を拡げ、超大型船、超高額船、BBC(裸用船)、航空機などにも投資し、マーケットの変化に応じてビジネスを組み替えてきた。過去20年、大きな変化がいくつもあった。この座談会ではまず、今治船主の変化について話していこう。

― 新・今治市が発足してから20年。当時の海事産業は2003年に始まった中国の資源爆食経済に伴う海運ブームに沸いていた。それから現在までにリーマン・ショックによる不況、超円高、史上最安値のドライバルク市況、コンテナ船ブームと実にたくさんの出来事があった。つい数年前にはコロナ禍もあった。経営を揺るがすような大きな出来事の連続だった。

― この20年間、今治船主はまさに天国と地獄を味わってきたわけだが、それがゆえに今治船主の強さを認識することになった。今治船主の場合、大不況期に金融支援を受けることがほとんどなかった。他地域でリスケジュール(借入金の返済条件見直し)が頻発する中、今治船主は持ち堪えた。

― しかも、安倍政権誕生後の円高修正局面ではいち早く投資に動き、競争力のある船価で船を仕込んだ。LNG船やメガコンテナ船も保有し、最近ではLNG燃料船にも投資している。今治船主は強かったし、この20年で強さに一段と磨きがかかった。

― その強さを体現しているのが規模だろう。今治船主が大半を占める愛媛県の船主という区分で、伊予銀行グループのいよぎん地域経済研究センター(IRC)が船隊規模を定期的に調査している。最新の24年12月時点で愛媛船主の外航保有船は1385隻になった。20年時点の前回調査は1199隻で、規模を伸ばしている。

― 愛媛船主の保有船隊は04年に527隻だった。その後、海運ブームなどを受けて船隊を拡大し、08年には767隻、14年には1035隻に増加した。約10年間で船隊が倍増した格好だ。その後は船主が保有船の主力とするバルカー市況が大不況に陥り、船主は投資案件不足に直面した。この段階で船主の船隊縮小が予想されていた。

― 予想に反して船隊は増加し続けた。投資案件不足の中でも案件を開拓してきたからだ。BBC(裸用船)案件への取り組み強化、超大型・超高額船への進出、海外オペレーターとの取引拡大などで投資難の時代を切り拓いてきた。やはり今治船主の真骨頂はリスクテイクの妙味ではないかな。変化に応じて、いち早く動く。

― そう思う。昔はBBCを嫌う船主が大半だったが、状況が変われば対策も変える。その中で大手船主は伝統的なバルカーだけでなく、その時々で需要が出てきた船種・船型に積極投資してきた。中でも目立っていたのが1隻あたり1億~2億ドルもする超高額船への投資だ。こうした船種は長期用船が獲得しやすく、まとまった償却資産を確保でき、船主間の競争もそれほど激しくないというメリットがある。代表的なのがメガコンテナ船だ。LNG船保有に踏み切った船主も複数いる。

― 外航船主が今治に誕生した草創期は、多くの船主がまず近海船の保有を目指し、それから徐々にハンディサイズ、ハンディマックス、パナマックスへと大型化してきた。それが海運ブーム期にはバルカーの最大船型であるケープサイズが「もはや普通の船」と言われるようになり、30万重量トン型鉱石船や8000個積みコンテナ船、VLCC、VLGCなどタンカー・ガス船にまで保有船は拡がった。

― 当時も保有船の船種・船型が拡がったが、それが今やLNG船やメガコンテナ船を保有する時代になったからね。こうした船種は従来、船主が保有することはなかったが、自らの保有船メニューに加えることで投資難を解消してきた。それだけ企業体力が付いてきたともいえる。かつての主流だった「邦船」「バルカー」「長期用船」が激減し、代わりに「海外」「バルカー以外の船種」「短期用船」が増加してきた。

― この間の最大の変化は保有船隊の拡大と船種・船型の多様化だ。いずれも従来型より投資リスクは高くなるが、今治船主は他地域よりも企業体力のある船主が多い。このため大手は新しい流れにも対応でき、船隊を増やすことができた。

― 10隻未満の船隊規模となる中小船主についても今治には存在感のある船主が少なくない。大手船主などと違って船隊を増やしてはいないが、減らしてもいない。中小船主が船隊縮小に陥ることなく、踏みとどまったことも、全体の増加傾向を下支えする格好になったようだ。今治の船主は大手が注目されるが、中小船主を含めてすそ野が広い。

規模こそ力

司会 規模の力は大きい。船主の生き残り、成長の上で規模が重要になっている。小さい船隊でも企業体質が強固な船主も少なくない。それでも、特にここ数年は、「規模の力」をまざまざと見せつけられた。今治船主の強さの源泉は間違いなく規模だ。

― 複数の船主は世界有数の規模に成長し、世界的にも一目置かれる存在になった。こうした世界的に有名な船主が増えてきたのもこの20年間の大きな変化の1つかもしれない。

― 日本の船主は過去5年間ほど好況を謳歌してきた。海運市況は堅調に推移し、為替も円安傾向で推移。ドル金利は急騰したが、円金利は低いままだった。船主の船隊ポートフォリオにも短期用船やインデックスリンク契約が組み込まれるようにもなり、売船時も含めてここ数年間は、船隊規模が大きければ大きいほど稼げた時代だった。

― 資金力を増した船主は、投資でも攻勢をかけた。豊富な手元資金を活用してメガコンテナ船やLNG船、LNG燃料船などへの投資が目立って増えた。資金力を自己資金に充てた船主も多い。ある船主は自己資金を従来の10%から30%に増額して投入し、金利条件を良くして船の競争力を出している。

― 資金力があれば、投資できる船種・船型の範囲が拡がり、1隻あたりの競争力を高めることができる。それがまた次の投資につながる好循環を描くことができるわけだ。

― 規模の力は投資力だけに生きるわけではない。船舶管理能力を向上させ、コストを下げていくためにも規模がものをいう。船舶管理は年々、高度化し、複雑化している。高水準の船舶管理を提供できないと、一流の用船者からは見向きもされない。バーゲニングパワーを含め、一定の規模がないと今の時代に適した船舶管理は提供できないとの指摘もある。

― 規模があればリスク案件にも積極的に対応できる。例えば用船期間が短くて、キャッシュフローが不確実な案件があるとする。大規模船主であれば、仮にその船の収支が悪くても他の船でカバーできるので投資できるが、小規模船主にはこうした対応は難しい。

― 確かにそうだね。1隻の失敗が経営にダメージを与えてしまう小規模な船主と、大きな船隊の中で失敗を許容できる船主とではリスク耐性がまるで異なる。

― 経営を安定させるポートフォリオも組める。生き残るためには船隊のポートフォリオをバランス良くしていくことが最も重要だ。ポートフォリオには船種、用船形態、オペレーターなどいろいろな要素があるが、船隊が大きければ大きいほど良いバランスのポートフォリオが組みやすい。

― 長期用船が激減し、高額船価が常態化する現在、資金力がなくてはそもそも発注できない。特に短期ビジネスに取り組むには資金力が必要になる。自己資金の投入割合が増え、その結果として短期で用船に出すスタイルが増えてきたのも大きな変化だ。

― 資金力を生かした自己資金の投入で、用船先未定で先行発注する動きも増えた。まさに隔世の感で、今治船主の一部はビジネスモデルがギリシャ船主化してきた。

― 情報面からも規模は大切だ。周りへのインパクトが違う。多くの人と付き合うと、情報が集まり、商売のチャンスが拡がる。今治船主は規模が生み出す力で、投資と成長の好循環を作り出している。
(海運、つづく)