2025年7月10日無料公開記事投資難の時代を切り拓く

《連載》投資難の時代を切り拓く
2050年見据えた投資を模索
飯野海運・大谷祐介社長

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既存船のリプレースのほか、新たな貨物への対応も視野に

 飯野海運は2050年ネットゼロ実現に向け着実な船隊整備を進めていく姿勢だ。大谷祐介社長は「将来的な収益基盤を維持するためにも、いま投資を怠れば船隊の平準化が進まず、コストが跳ね上がるリスクがある。使用船齢を考えると、これからの発注は2050年ネットゼロ実現を見据えなければならず難しいが、『やるべきことはやる』という姿勢で検討している」と強調する。ケミカル船やドライバルク船のリプレースのほか、特にエタンやアンモニア、液化二酸化炭素(LCO2)といった新たな輸送への対応を視野に入れた船隊への投資を模索する。

 ― 船価高、先物納期、環境対応など不透明な状況下で投資方針は。
 「今年最終年度となる3カ年の中期経営計画で据えた3年間で1000億円という投資目標に向け、本来であれば投資を前倒しで進め、さらに追加投資の可能性も検討したかったが、目標に対する現在の投資進捗率は約85%にとどまっており、やりきれていないというのが実情だ。例えばケミカル船では、環境性能の高い船へのリプレースなどが遅れている。『やるべきことはやる』という姿勢で検討を進めているところだ」
 「これまでは様子見で対応してきたが、その姿勢を続ければ船隊が自然に縮小してしまう。高齢船はメンテナンスの費用負担が大きい一方で、償却が進んでいる。こうした競争力ある船が健在なうちに高船価であっても新しい船を導入しなければ、船隊が平準化されず、将来的なコストが跳ね上がる懸念がある。だからこそ、定時定量の発注が重要だとされてきた。しかし、現在は環境が変化した。現在の高止まりした船価で発注すると竣工は4~5年先、船舶の使用はその後20年に及ぶ。これからの発注は2050年ネットゼロ目標の達成を見据えなければならないこともあり、難しいタイミングだ」
 「2030年に納入される船の中にはネットゼロに近い性能を持つ船を組み込まなければ、2050年時点で重油焚きのままとなってしまう可能性がある。一度に大量発注はできない。今から着実に投資を進めなければ、ネットゼロ達成はおろか、事業や収益基盤の維持も困難になる」
 ― どんな環境であれ投資を進めていかざるを得ないということか。
 「ネットゼロ実現に向けて船をリプレースしていくという新たな課題に直面している。かつてのタンカーのダブルハル化と同様、規制が先行する中では船価が高くとも建造が進む構図にある。その際の新燃料についても、バイオ燃料の普及を待つのか、二元燃料対応で先に動くのかなど複数の選択肢がある。現時点ではどれか一つに絞るのではなく、リスクを分散しつつ複数に“少しずつ張る”のが良いと考える」
 ― 今後1~2年で特に投資を進めるべき船種は。
 「リプレースの観点では、ケミカル船への集中が必要だ。ドライバルク船では、国内ユーティリティ向けに環境性能の高い船への移行を進めていく方針だ」
 「ガス船分野では、大型LPG船(VLGC)はリプレースが進んでいる。エタン船やLNG船にもチャンスがあると見ている。また、アンモニアやLCO2の輸送にも注目しており、将来的な展開を模索している」
 ― 建造造船所については、中国も視野に入れるか。
 「米国の関税・入港料問題が表面化する前にスタディを行ったが、総合的に見ると日本建造の場合と大きな差はないと見ている。日本の造船所はたとえ多少高価であっても資産価値の面で優位性があると感じている。中国建造は今回の関税・入港料問題などを考慮し、現時点では慎重に構えている。米政権の動向次第で再検討する可能性はあるが、急ぐ必要はない」
 「ただ、日本の造船所も船台が埋まっており、納期などは常にチェックしている。当社では特にケミカル船はほぼ日本での建造船で、非常に密な関係を築いている。発注を継続することで関係性も維持できるため、その点も重要だ」
 ― 中国での建造実績はあるか。
 「日本企業の合弁会社で建造したVLCC2隻のみで、ガス船については日本か韓国に限定してきた。中国の品質は向上してきたとはいえ、人員確保や監督体制などの課題があり、慎重な姿勢が求められる」
 ― 船隊整備において中古船の導入は選択肢となり得るか。
 「中古買船の実績はほとんどないが、現在の先物納期をふまえ、調査を続けている。ただし、価格が必ずしも安価ではなく、購入後に発生するメンテナンス費用やオイルメジャー等の荷主が求める厳格な船舶選定基準への適合上の課題もあるため、慎重な検討が必要だ」
 ― 自社船・用船比率の考え方は。
 「現在、自社船の比率がやや上回っている。従来は簿外で処理できたが、今後は会計上の扱いが変わり、船主からの用船も当社資産としてカウントされるようになる。そのため、形式的な保有形態の違いは徐々に意味を失いつつある」
 「ただ、船価高騰の中、すべてを自社で建造するのは困難だ。一方で、船主にとっても高額な投資であることに変わりはない。ファイナンス面などでより長期の契約が求められるなど、以前と比べて条件が厳しくなっている。そういった条件を整えることに時間を割いていては、船隊整備はどんどん遅れてしまう。そういった意味でも、まず当社で船を確保する必要がある。重要なのは、資金繰りと資産計上のバランスだ。当社が先に建造し、のちに船主が購入可能であれば売船し、用船契約に切り替えるなど、柔軟な運用が求められている。現在はそうした自由度を持たなければ、船の新造が難しい状況だ」
 ― 船舶管理の方針は。
 「基本的に自社で船舶管理を行っている。船主の管理船を用船することも歓迎する。また、ケミカル船やガス船の7隻は外部の管理会社も起用している。大手で調達力に優れた管理会社を活用することで、自社で船舶管理を行う上でのコスト意識やノウハウの吸収にも資すると考えている」
 ― 船種に応じて使い分けているか。
 「新燃料船などは自社の知見を高める意味でも可能な限り自社管理としている。メタノール二元燃料船やLNG船などでの実績がある。また、LPG二元燃料船は当初、外部管理にしていたが、現在は顧客による会社審査を経た上で自社管理に切り替えた。今期は当社初のエタン船2隻の竣工が控えているが、エタンを燃料として使用可能な二元燃料主機関を搭載していることもあり、可能な限り社内リソースを生かし自社での管理を目指していく方針だ。以前自社管理していたLNG船の知見をエタン船の管理でも発揮してもらうことも考えている」
 「今後、人的リソースを生むためには高齢船など手間のかかる船は外部管理とすることも考えられるだろう。当社は船隊数も人員も限られているが、新燃料船など新しい技術に取り組むことで彼らのやりがいや成長の機会にもつながる」
(聞き手:中村直樹、日下部佳子、横川ちひろ)

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