為替相場が円高へと急伸したプラザ合意からの40年間、国内船主は円高と戦ってきた。このうち船主経営が追い込まれ、金融機関へのリスケジュール(=借入金の返済条件見直し)が頻発した時期が二度ある。最初の時代を知る人はもはや限られるが、最も厳しかったのがプラザ合意直後からの数年間と、2011年前後のアベノミクス前の超円高だ。
船主の収入に当たる用船料はドル建てだ。これは世界共通だが、日本が特異なのは船舶建造における資金調達の手法。ドルで資金調達すれば為替リスクはないが、国内船主は円を調達して船舶を建造してきた。世界の船主で唯一、為替リスクを負うビジネスモデルが主流だった。円であれば円安メリットなどを享受できるが、ドル収入を円転した際に円高になると収入が目減りする。これが為替リスクだ。
これが現実のものとなったのがプラザ合意後。本紙の過去記事をひもとくと、1980年代後半の悲惨な状況が見えてくる。プラザ合意後の円ドル相場は240円から一気に120円になっただけでなく、金利も8~9%と高水準で、海運マーケットも低迷していた。「何の救いもなかった」との船主経営者による当時のコメントが本紙に残されている。船主どころの愛媛県の船主でも9割以上が金融機関にリスケジュールを要請したと言われている。当時を知る元経営者は「地獄のようだった」と述懐する。
2011年前後も危機的状況だった。アベノミクス前の超円高時代のことだ。超円高相場の長期化で中小・新興を中心とした国内船主の経営危機が深刻化。金融機関へのリスケジュールやオペレーターへの用船料引き上げ要請が急増した。長引く円高で自助努力が限界に達し、耐えきれなくなった船主が続出した。
国内船主は事業運営で多くのリスクを抱えている。海運市況や為替、金利、船舶管理コストの変動、用船者の信用力、税制などだ。その中でも最大のリスクが円高で、過去、船主経営を苦しめてきた要因の多くが円高だった。それだけに為替リスクを負わないドルファイナンスを拡大する船主もいた。しかし、円金利が世界最低水準で推移する中、円の競争力を活かすため円建ての資金調達が多いままだった。そこを襲ったのがアベノミクス前の超円高だった。
長い円高との戦いを経て、このころから為替リスクを取らないドル建てでの資金調達を志向する船主が増えてきた。為替相場の読みは難しく、円高が経営に与える打撃も大きいだけに、為替リスクをヘッジする方針の船主が増えてきたのだ。
「大半がドル建ての借り入れで、為替相場には興味がない」「当社はドル収入にはドルファイナンス、円収入には円ファイナンスという対応をとっているため、基本的に為替リスクがない。世界中の船主がドルでファイナンスしており、為替を気にしているのは日本の船主だけだ」。こうした船主が目立つようになってきた。
円高時代の反省に立ち、為替リスクを負わない経営を志向してきた船主群にとって、ここ数年間の超円安はどう映るのだろうか。「いつ円高になるか分からない。ヘッジは必要」(船主経営者)とは分かっていても、伝統的な円建ての借り入れによる低金利や円安メリットを期待する船主も根強く存在し、こうした船主群が超円安で大きく稼ぐのを複雑な気持ちで見ているはずだ。
為替は難しい。しかも超円安は良いことばかりではない。円建ての資金調達の場合、円安は収入面ではプラスになるが、新規投資がしにくいデメリットがある。ドル建ての船価に対して、円建てで資金調達すると、円ベースの借入金が巨額になるからだ。資本費が膨らんでもそれに見合う用船料収入があればいいが、為替リスクを取っている以上、将来の円高リスクは避けられない。新造船の建造では超円安が悩みの種になっている。
国内船主の資金調達における通貨選択は従来、円とドルが基軸だったが、ここ数年スイスフランの活用が増えているのは為替の難しさ、複雑さの表れだ。円、ドルともにデメリットが目立つ。円安によって円調達では借入額が膨張してしまい、将来の円高リスクが大きくなる。ドルでは金利が高すぎて採算が取れない。このためスイスフランを借入通貨として選択する船主がここ数年急増したのだ。第三の通貨の登場である。
スイスフランの利点はドルに比べて金利が低いこと、ドルとスイスフランの変動幅が小さいことと説明されてきたが、足元では米トランプ政権の高関税政策などを嫌気したドル安局面でスイスフラン高が進んだ。従来からスイスフラン建てで調達してきた船主はスイスフラン高でマイナスの影響を被っている。利点はあるが、スイスフランにも当然、為替リスクはある。
スイスフランは流動性の問題もかねてから指摘されている。金融関係者からは「スイスフランはメジャーな通貨ではない。金融危機などが発生した時に安定調達できるのだろうか」「長期安定的に供給できる通貨ではないのではないか」といった見方が多い。
それでも船主はスイスフランを使う。世界の船主の中で、スイスフランで資金調達をして船舶を購入するのはごく一部の例外を除いて国内船主くらいだ。
プラザ合意後の40年間は円高との戦いで、一時は為替リスクを取らない風潮が強まった。日本の船主経営も世界標準に近づいた。しかし、今また、為替リスクが取られ始めている。今後は何と戦っていくのだろうか。それは再びの円高、それとも超円安なのか。為替リスクを取る限り、何かと戦わざるを得ない。プラザ合意から40年を経ても、為替との戦いは終わらない。