2025年9月26日無料公開記事プラザ合意から40年

《連載》プラザ合意から40年<上>
邦船社、“外部環境の脅威”今なお

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プラザ合意の舞台となった米国ニューヨークのプラザホテル(ブルームバーグ)

外航海運は、荷動きや為替などの外部環境の影響を受けざるを得ない産業だ。その影響が最も激しく表れたのが、1985年のプラザ合意後の円高進行だった。邦船社は当時、日本人海上職を中心とする大規模な雇用調整、いわゆる“緊急雇用対策”を始めとする非常に苦しい構造改革を断行し、この難局を乗り越えた。以来、邦船社は、長期輸送契約の拡大や事業多角化、ライトアセット化などを通じて外部環境の影響を最小限に抑える経営を模索し、変化が激しい今の時代もその挑戦を続けている。

プラザ合意は、戦後長期にわたる為替と日本の外航海運企業の戦いにおける最大の転機だった。1985年9月22日にニューヨークのプラザホテルで行われた先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議で米ドル高是正を目的とした協調行動が合意されると、対ドル円レートは同年2月の1ドル=263円から87年4月に一時137円へと2年余りの間に約2倍に急騰した。収入・費用ともにドル建て比率が高い外航海運会社にとって、収入の方がよりドル建て比率が大きいため、急激な円高進行は業績を直撃した。

その結果、当時の海運助成対象企業39社の1986年度の営業収益は前年度比26%減の1兆7867億円、営業損益が468億円の赤字(前年度は302億円の黒字)、経常損益が382億円の赤字(同148億円の黒字)に転落。このうち経常黒字は9社で、配当を実施したのはわずか2社という非常に厳しい状況に陥った。

急激な円高進行による邦船社の経営危機と日本人船員のコスト面の国際競争力低下を受けて、外航船主労務団体と全日本海員組合は1986年8月に緊急雇用対策(緊雇対)の協議を開始して87年3月に最終合意し、同年4月以降実施。これによって海運助成対象企業の海上従業員数は84年度末の1万9604人から89年度末に5535人へと7割以上減少した。海上従業員だけでなく、陸上従業員数もこの間に7481人から4354人へ減少した。外航船員の外国人へのシフトは欧州などでも進んだが、日本は極めて短期間で移行せざるを得なくなり、その代償は非常に大きかった。

邦船社は苦渋の緊雇対と並行し、円高で目減りした収入を回復するために海外事業へ本格的に乗り出した。ちょうど日本の製造業が円高を受けて海外進出を加速しており、邦船社は荷主の海外進出先の物流をサポートする形で海外事業を展開。これが今日につながる邦船社の物流事業の端緒となり、また現在の邦船社の成長戦略の柱である海外市場開拓の土台が築かれた。

邦船社は同時に、円収入と収益機会拡大を目的に国内新規事業の開発に取り組み、ターミナル・倉庫などの海運・物流関連事業だけでなく不動産、レジャー産業、建設関連事業などの非海運事業にも参入した。邦船社が当時手掛けた非海運事業には成果を上げられずに撤退したものも多いが、物流や不動産などの事業が残って現在も業績に貢献している。

プラザ合意後の円高は、多くの犠牲を伴う構造改革を強いた一方で、邦船社の海外展開や事業多角化の礎を築いた。

邦船大手の営業費用に占めるドル建ての割合は現在8割前後に達しており、営業収益に占めるドル建て比率に迫っている。邦船大手の2025年度の為替の経常損益影響は1ドルの変動で計約60億円。今期の通期経常利益予想が計5300億円という中で、為替の影響はかつてと比べて相対的に小さくなっている。

邦船大手が導入を検討している国際会計基準(IFRS)では企業が営業活動を行う主たる経済環境の通貨(機能通貨)で決算を行い、外航海運会社の場合は機能通貨がドルになる可能性が高いと言われている。ドル決算になれば、為替変動の業績への影響は一部残るもののさらに小さくなる。

ただし、かつて邦船社が負っていた為替リスクは消滅したわけではなく、ドル建て取引を通じて国内船主などの取引先に移転している面もある。邦船社には、ビジネスパートナーとの共存共栄の観点から、目先の価格競争力などと引き換えに取引先が過度に為替リスクを負っていないか目配りする必要が生じている。

外航日本人船員もプラザ合意後の業界の大きな宿題だ。外航日本人船員は1970年代に6万人近くいたが、緊雇対後も減少し続け、国土交通省海事局によると2023年にはわずか2017人となっている。日本郵船の長澤仁志会長は今年5月の「バリシップフォーラム2025」での基調講演で「私個人の意見だが、外航日本人船員がこの程度の人数で海洋国家日本がやっていけるのかということに非常に危機感を持っている」と語った。その理由として、日本の経済安全保障に加えて、日本人船員が単なる運航要員に留まらず外国人船員の教育や船舶管理、新たな産業に必要な技術者などの多くの役割を担うことを挙げ、外航日本人船員を増やしていく必要があるとの考えを示した。

また、緊雇対によって転職した船員が結果的に船主、船舶管理会社、内航海運などの人材と労働力を長年にわたって支えてきたとの声も多い。少子高齢化が進む中、海事産業の中小企業が海技人材をいかに確保・育成していくかも今後の大きな課題となっている。

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日本の海事産業の大きな転換点となったプラザ合意から40年。この連載では、当時の急激な円高進行が海事産業に与えた影響と、為替変動を含むリスク対応の歴史を振り返る。

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