シンガポールを拠点とするベンチャーキャピタル(VC)のモーション・ベンチャーズは、海運・物流領域への投資に特化したVCだ。商船三井や飯野海運など海事企業からの投資資金をもとに、これまで30社以上のスタートアップに出資している。投資家の海事企業が、資金を出すだけでなく出資先のスタートアップと協業することで、スタートアップの事業化を共同で成功に導く独自のエコシステムを構築してきた。創業者のショーン・ホン氏(写真右)に、海事産業におけるスタートアップの特徴や投資方針などを聞いた。
■投資を成功に導く手法
― モーション・ベンチャーズの概要は。
「われわれは、海事・物流分野のデジタル化や脱炭素化を支援する初期段階のスタートアップに投資するベンチャーキャピタルファンド。商船三井や飯野海運、ロイド船級など海事産業の大手企業17社以上から出資を受け、過去4年で30社以上のスタートアップに投資し、2社のイグジット(投資回収)に成功した。投資先企業の3分の2以上が出資企業と協業している点が特徴で、例えば航海時の二酸化炭素(CO2)排出量を計測するエバー・インパクト社は、我々への出資元である商船三井やウィルヘルムセンと提携している」
― 出資企業が、単なる投資家としてではなくスタートアップと事業協力する点はユニークだ。
「フィンテックなど他分野では、投資家がスタートアップの顧客になることはまれだが、我々は海事産業で、投資家、顧客、スタートアップが共に成長できるモデルを構築した。この仕組みをさらに推進し、出資企業と投資先企業の双方に価値を提供したい」
― 海事特化のVCを設立した理由は。
そこで、複数の企業が協力し、一つの技術やソリューションを導入するようなエコシステムを構築した。これにより新技術の普及を加速させることができる」
■海事産業の複雑さ
― 海事スタートアップにとっての悩みは何か。
「海事産業の規模が大きく複雑なため、参入時に全体像を把握しにくいことだ。そこで我々が適切なステークホルダーを特定する手助けをしている。船舶管理会社、船主、用船者、荷主など、それぞれが直面する異なる課題を正しく理解することが極めて重要だからだ。海事産業の本質は貨物をA地点からB地点へ運ぶビジネスであり、これをより安全かつ効率的で持続可能な形で行えるようにすることこそ、スタートアップが手掛けるべきソリューションだ」
― 海事産業は保守的な面もあり、スタートアップの売り込みは簡単ではないのでは。
「必ずしもそうは思わない。組織における意思決定プロセスは、『ユーザー』『バイヤー(購買決定者)』『ペイヤー(支払者)』の3つに分かれている。ソフトを利用するのはオペレーションチームで、購入を決定するのは経営層、支払うのは財務チームだ。海事産業向けに販売する場合、スタートアップがこの三者すべてに価値を提供することが重要で、それぞれに説得力ある提案ができれば、迅速に契約や協業は進む」
― 新規参入の障壁も高いのでは。
「我々が新規参入を加速させるプラットフォームとして機能できる。投資決定の前から、スタートアップと海事企業をつなぎ、市場参入をサポートすることもある。例えば2022年にピクシスという電動ランチボート開発会社に出会い、そのビジョンと革新性に強い感銘を受け、商船三井に紹介して協業を促した。正式に投資を決定したのはその後の24年だった」
■投資判断4つのポイント
― スタートアップへの投資の判断基準は。
「重視しているのは4つ。第一に、解決しようとしている課題が現実的で明確かどうか。海事産業には、いますぐ解決が必要な課題もあれば、将来的な課題もある。例えば国際海事機関(IMO)の脱炭素目標は大きな課題である一方、日常の業務効率化を目的としたソリューションも重要だ」
「第二に、ソリューションが課題に適合しているか。海事産業では船舶管理会社や船主など多様なステークホルダーが関与するため、それぞれのニーズを理解し、ソリューションが業界全体にどのように適合するかを理解することが重要だ」
「第三に、創業チームの能力。特に、重要なのがコミュニケーション能力だ。海事企業のユーザー・ペイヤー・バイヤー全ての合意をスムーズに得るには、自社の価値を明確に伝えられる能力が不可欠」
「最後に、学習能力の高さ。海事産業は多面的で変化が激しく、謙虚な姿勢で素早く学び対応できる創業者ほど成功する可能性が高い」
― VCの目利き力を、海事産業も必要としている。
「我々は投資家とのパートナーシップを重視している。出資企業は協力的で、彼ら自身の悩みを我々に共有してくれるおかげで、我々も業界が解決すべき課題がわかる。また、この4年間で1万社以上のスタートアップを調査し、そこで得た知見を投資家にフィードバックしてきた。これにより、投資家も市場動向を理解し、より的確な意思決定が可能になる」
― 今年1億ドルの調達を目指して第2号ファンドを立ち上げた。
「新ファンドでは、スタートアップを長期的に支援する。資金繰の心配なく事業価値の創出に集中できる環境を提供したい。このため1億ドルを調達し、複数の成長ステージにわたって支援を継続する戦略をとる。近年は海事産業全体の投資額が増え、企業のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)も立ち上がっている。我々は幸い、優れた投資家に支えられており、彼らと協力しながら投資先企業の成長と資金確保を実現したい」
― スタートアップにとってシンガポールの利点は。
「政府の支援が手厚いこと。シンガポール海事港湾庁(MPA)も協力的で、企業誘致に積極的なだけでなく、規制も進歩的で、エコシステムの支援にも力を入れている。また、シンガポールには多くの海運会社の本社が置かれており、ハブ港としての役割も大きいため、スタートアップがソリューションを試験運用するには最適な場だ。海運脱炭素化グローバルセンター(GCMD)のような機関の研究成果も活用できる。資本面でも有利で、我々は地元シンガポールのスタートアップを積極的に支援している。これら要素が組み合わさり、シンガポール発のスタートアップには成功のチャンスが広がっている。より多くの優秀な人材がシンガポールに集まり、ここでビジネスを構築してほしい」