2022年8月30日無料公開記事帆の復権

《連載》帆の復権<上>
バルカー中心に搭載計画顕在化
風力推進船、各社は長期的視点で導入

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バルカーでも「帆」の搭載計画や開発が広がってきた

 風力推進装置の搭載計画が、大型外航船でも次々と顕在化している。中でも鉄鉱石や石炭などバルカーの専用船は特定航路の運航を主とする海域の風況予測がしやすく、風力推進装置の効果が最大限高まることが期待されており、設置計画が進んでいる。風力推進装置はLNGなど新燃料と併用することも可能であることから、各社はブリッジソリューションではなくゼロエミッション実現以降も使用可能な推進力として、長期的な視点での導入を進めている。

■脱炭素で再注目

 古くは蒸気機関の誕生で次第に廃れていった船舶での風力利用が、技術進歩によって採算性を高め、再び広がろうとしている。風力推進装置は他の脱炭素技術と併用しながら相乗効果を狙える点に強みがある。邦船関係者は「LNG燃料船だけでなく、水素やアンモニアなど次世代の新燃料船が実用化された際にも設置できる。燃料の脱炭素化と同時並行で進められるソリューションだ」と語る。
 風力推進装置はデッキ上に設置するため、新造船のみならず既存船への設置も容易だ。既存の重油焚き船に設置した場合は、船尾のプロペラ周辺などに取り付ける省エネ装置(省エネ付加物)とともに、温室効果ガス(GHG)排出量の削減と燃油の消費量削減を実現できる。また「燃油価格の高騰により、風力推進装置の設置に伴う投資コストの回収期間が短くなっている」(邦船関係者)といい、設置しやすい環境が整っている。「円筒帆の場合、設置コストは1基100万ドル程度になる。1隻に複数基設置すれば効果が高まる一方でコストも高くなる」(邦船関係者)が、今後量産が進めば設置コストの低減につながるとみられる。
 将来的に水素やアンモニアなどの新燃料への切り替えが進む場合、燃料コストはこれまでよりもさらに上昇することが見込まれている。そのため、風力推進装置による燃料消費の削減効果は一段と高まると期待されている。さらに風力推進装置により必要となる燃料が少なくなれば、貨物スペースの圧迫が指摘される新燃料のエンジンや燃料タンク小型化にもつながる可能性がある。
 風力推進装置の効果は、例えば南北航路よりも東西航路の方が風の効果が得やすいといったように、想定する運航航路や、装置の種類、設置基数によって大きく変わる。各社は5~30%の範囲での燃料消費量削減とGHG排出量削減を見込む。このうち川崎汽船ではLNG燃料船によって25~30%、風力推進装置である自動カイトシステム「Seawing(シーウィング)」によって20%以上の二酸化炭素(CO2)削減効果をそれぞれ見込んでおり、LNG燃料との併用により約45~50%の削減につながると試算している。

■バルカーにも搭載

 風力推進システムはもともと、フェリーやRORO船から実証的に搭載が進んでいた。デッキ上に装置を搭載するうえで荷役への影響が少ない船種であることや、効果を想定しやすい航路に就航していることが理由だ。だが、ここにきて外航のバルカーでの搭載計画が徐々に具体化してきた。
 現在設置が計画されているバルカーは荷主との長期輸送契約が付き、貨物の積地と揚地がほぼ固定され、特定の航路や特定の海域を行き来する船が多いと見られる。海象や風況により、風力推進装置による効果を見込みやすいためだ。
 また荷役作業への影響が出る可能性があるため、荷主の理解が得られる専用船から普及が進んでいる点も特徴。ただ、荷役用のクレーンを備えており、デッキに設置スペースの少ない小型バルカーの場合でも、デッキクレーンの一部を風力推進装置に付け替える計画の船も出てきており、デッキスペースの問題を解決している。

■邦船社の搭載計画相次ぐ

 邦船社の風力推進船としては、川崎汽船が19年から、風力推進装置としてシーウィングの搭載に向け準備を進めている。シーウィングは簡単なスイッチ操作のみで自動的に展開・格納が可能なカイト(凧)で風を受けて船舶の推進を補助する装置。乗組員の業務負担も少ないという。仏航空機メーカー大手エアバスの子会社エアシーズ社が開発した。川崎汽船ではケープサイズ2隻、ポストパナマックス3隻に搭載する計画で、今年12月、ケープサイズに初号機の搭載を予定している。
 商船三井では硬翼帆技術「ウインドチャレンジャー」を搭載した9万9000重量トン型バルカーが今年10月に大島造船所で竣工を予定している。既に硬翼帆の搭載は完了しており、各種試運転が進む。また子会社の商船三井ドライバルクも6万2900重量トン型バルカーにウインドチャレンジャーを搭載する計画を推進。「ローターセイル」(ローター式円筒帆)の併用も検討している。
 また商船三井は昨年11月、ブラジル資源大手ヴァーレと既存バルカーへの円筒帆(ローターセイル)搭載について共同検討することで合意。商船三井ドライバルクも大島造船所、相浦機械と船舶の荷役用クレーンなどを利用した推進力補助帆「IKNOW DELTA SAIL CRANE(アイノウ・デルタ・セイル・クレーン)」の共同開発を進めるなど、さまざまな方式での風力推進装置を複数の企業と検討することに積極的だ。
 既存船への搭載では、三菱商事の船舶事業子会社MCシッピングが保有し、カーギルが用船する8万962重量トン型バルカーに、ノルウェーのヤラマリンテクノロジーズの硬翼帆「WindWings」を搭載する計画が進む。
 またセンコーグループホールディングスとJX金属が出資する外航・内航船社の日本マリンは、2013年建造の5万3762重量トン型銅精鉱・硫酸兼用船“Koryu(鉱硫)”に円筒帆1基を設置することを決めている。既にあるデッキクレーンの一部をノースパワー社製の起倒式円筒帆に付け替える計画だ。
 邦船社では日本郵船やNSユナイテッド海運も風力推進装置導入に向けた検討を進めている。郵船は既存船のGHG排出削減の取り組みとして大型船を中心に省エネ付加物の搭載を加速させる一環として、風力推進装置についても、普及が進めば設置コストの低減につながることから、今後も選択肢の1つとして導入を検討する考えだ。
 NSユナイテッド海運は昨年、名村造船所と18万3000重量トン型バルカーを対象に帆を利用した燃費低減技術を共同研究し、新方式の帆走システムを開発した。最大の特徴は、風力による推進力を得られない場合や荷役時は帆を甲板下に格納できる機構だ。さらに、規則で定められている船橋からの視界を確保するため、帆の形状を決定する基準を複数設定。複数形状の帆を採用できるようにしている。ケープサイズでは船首部から前方3基は縦長とし、後方6基を横に広げられる構造とした。
 丸紅も穀物輸送での帆型風力推進装置搭載船の導入について、ノルウェー船社クラブネスと運営するパナマックス・バルカー運航プール「マルクラブ」と共同で研究を進めている。穀物トレードは距離が長いため導入効果は大きいとの考えだ。
 海外船社では既にブルー・プラネット・シッピングとパンオーシャンがそれぞれ円筒帆搭載バルカーを運航しているほか、ベルゲバルクがVLOCとケープサイズに硬翼帆と円筒帆を搭載する計画。オルデンドルフ・キャリアーズもケープサイズに円筒帆を導入する共同開発プロジェクトを推進している。
 バルカー以外でも、搭載計画が増えている。ワレニウス・ウィルヘルムセン(WW)が7000台積みの風力推進自動車船「Orcelle Wind」を25年までに就航させる計画だ。そのほか、ノルウェーの大規模CCS(CO2の回収・貯留)プロジェクト「ノーザンライツ」向けに大連船舶重工が建造している液化二酸化炭素(LCO2)船2隻に円筒帆を搭載する計画もある。帆の活用は、環境の分野に隣接したプロジェクトから徐々に広がりを見せている。
(連載は藤原裕士、対馬和弘が担当します)

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