2022年8月23日無料公開記事内航NEXT
<内航NEXT>
《連載》内航キーマンインタビュー⑩
名古屋/仙台の貨物輸送が伸び代
太平洋フェリー・猪飼康之社長
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名古屋/仙台/苫小牧間で3隻の長距離フェリーを運航する太平洋フェリーは、2024年問題や荷主の環境意識の高まりを踏まえ、モーダルシフト需要の取り込みを進めていく方針だ。猪飼康之社長は、「特に名古屋/仙台間を伸び代と考えている」とし、太平洋フェリーが提供するシャーシを使った一貫輸送による無人航送を提案していく考えを示した。船隊整備に関しては、現時点で具体的な代替建造計画はないものの、「脱炭素化に向けて、次期船隊整備の際は燃料や動力源をどのようにしていくか考えていく必要がある。新燃料の活用は、船価が高くなるなど経済性の面で大きな課題があるため、今以上に利益を生み出せる経営体質にしていかなければならない」と語った。
■貨物の収益積み上げへ
― 新型コロナウイルスの感染拡大により、旅客輸送を中心にフェリー事業に大きな影響が出た。太平洋フェリーの状況は。
「新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け始めた2020年度は、旅客輸送がコロナ前の2019年度の水準と比較して4割程度に落ち込んだ。昨年度は2020年度と比較して回復はしたものの、旅行シーズンに感染者が増え、行動制限が起きた影響もあり、コロナ前の5割程度に留まった。特に団体客が大きく減少している状況だ」
「乗用車輸送は旅客よりも持ちこたえている。フェリーは乗用車と一緒に移動できる唯一の交通手段という特性を持っており、他の公共交通機関と比べて人との接触が少なく、コロナ禍で敬遠されにくいメリットがある」
「貨物輸送は、コロナ禍の影響が出た2020年度は減少したが、昨年度は総量としては回復した。主力貨物である名古屋港発の自動車関連貨物が半導体不足や部品調達問題の影響で落ち込んだほか、紙の輸送も減少した一方で、コロナ禍による巣ごもり需要で雑貨などが増えた。品目別に見ると中身の増減はあるものの、総じて荷動きは戻ってきている状況だ」
― 今年度の見通しは。
「旅客輸送に関しては、ゴールデンウイークや夏のピークシーズンの予約もコロナ前の水準の8割程度に回復しており、日によっては満船に近い状況となっている。貨物についても昨年度の勢いを維持している。一方で、足元では物価の高騰が進んでおり、消費や経済活動に与える影響などを注視している」
― コロナ禍を踏まえ、今後の経営方針のあり方に変化はあるか。
「当社の事業ポートフォリオは貨物輸送と旅客輸送の2つの柱があり、特に長距離フェリー業界の中でも旅客輸送に力を入れてきた。一方でコロナ禍を経験し、今後のことを考えると、リスクヘッジのためには貨物輸送の収益を着実に積み上げることが重要になるのではないかと考えている。決して旅客輸送の手を抜くわけではないが、今後もコロナの状況次第では旅客需要の増減は発生する。加えて、コロナを契機とした巣ごもりなどの生活様式の変化により、一定の旅客需要は失われているのではないか。足元では回復傾向にあるものの、コロナ前の水準まで需要が戻ることは難しいだろう。こうした前提を踏まえて、会社を運営していく必要がある」
― 具体的に貨物輸送の収益を積み上げていく方策は。
「まず貨物輸送が置かれている状況として、現在の主力貨物である名古屋港発の自動車関連貨物が今後、EV(電気自動車)化によって部品点数が減り、さらに厳しい状況になる可能性がある。当社の輸送品目は多いため、現在は一部の品目が大きく落ち込んでも、他の品目でカバーできているが、今後はフェリーによるモーダルシフト需要を取り込んでいく必要があると考えている。特に名古屋/仙台間の輸送需要の取り込みが大きな伸び代になる。仙台/苫小牧間は元々モーダルシフトが進んでいた区間だが、陸続きの名古屋/仙台間はトラックで運ぶのが主流となっている。だが、2024年問題でドライバーの長距離運転が難しくなると、陸運事業者として代替手段を考えなければならない。フェリーはトラック輸送と比べてリードタイムが伸びるといったハンデもあるが、法規制への対応の優先度が高くなれば、フェリーの利活用が進む可能性がある。名古屋/仙台間を輸送する貨物の中にはリードタイムにこだわらない貨物もあると考えており、アンテナを高く張って集貨に取り組んでいきたい」
― 2024年問題による引き合いは増えているか。
「問い合わせは増えている状況だが、現時点で輸送実績の増加につながっている状況ではない。従来の輸送形態を変えるのには大きな決断が必要なため、すぐにフェリーを活用したモーダルシフトが進むと思ってはいないが、陸運事業者も徐々に対応策を考えていかなければならない。トラック協会や陸運事業者に対して、フェリーを使ったモーダルシフトの有用性をアピールしていきたい。名古屋/仙台間は有人トラックで乗船するケースもあるが、乗船時間はドライバーが拘束されてしまうため、シャーシによる無人輸送が理想的だ。当社はシャーシを使った一貫輸送サービスも提供しており、積極的に提案していく」
「また、フェリーは災害時に強い輸送モードだ。例えば、北海道胆振東部地震の際は航空輸送も陸上輸送も寸断され、船だけが利用することができた。フェリーは港が機能していれば輸送できる。災害時のBCPとして優位性は高く、この点もアピールしていきたい」
― ポスト・コロナに向けた旅客部門のあり方は。
「当社はこれまで、アテンダントのマンパワーを生かして旅客サービスを提供してきた。だが、コロナ禍によって、人と接することが望ましくなくなり、一部はこうした感覚が残ると考えている。例えばコロナ対策として、レストランへの自動販売機の導入や、各種業務の自動化を進めてきたが、少しずつ定着し始めている。旅客サービスの根本にある『船旅を楽しんでもらう』ということはしっかり押さえた上で、デジタル技術を活用して自動化や省力化・合理化を図るべきところは進めていく。ニーズを見定めながら取り組んでいきたい」
― 燃料油価格が高騰しているが、影響は。
「BAF(燃料油価格変動調整金)で一部をカバーしているが、今の状況は厳しい。心苦しいが、荷主に対して今まで以上に増加する運送コストの負担をお願いすることになる。しっかりと説明し、ご理解をいただいた上でBAFの収受につなげていく」
■脱炭素化のあり方を検討
― 今後の船隊整備の方針は。
「当社の運航船隊は、2005年就航の“きそ”、2011年就航の“いしかり”、2019年就航の“きたかみ”の3隻となる。このうち“きそ”は今年で船齢17年となるが、現時点で具体的なリプレース計画は決めていない。先代の“きたかみ”は30年運航しており、“きそ”も20年以上使う可能性もある。経営状況や、造船所の船台の状況、船価のタイミングなどを総合的に見極めた上で検討していくことになる」
「次期船隊は、脱炭素化に向けて燃料や動力源をどのようにしていくかも考えていかなければならない。足元ではカーボンニュートラルに向けたブリッジソリューションとしてLNG燃料が注目されている。だが、20年先まで使うフェリーがLNG燃料で良いのかといった問題もある。現時点で明確なソリューションがないので、悩ましいところだ。また、新燃料の活用は、船価が高くなるなど経済性の面で大きな課題がある。いずれにせよ次期船隊整備に備えて、今以上に利益を生み出せる経営体質にしていく必要がある」
― 少子高齢化などにより人材不足が懸念されている。現在の状況と、今後の人材戦略は。
「フェリーは運航スケジュールが決まっており、客船というイメージもあるため、現時点で船員の採用にはあまり困っていない。だが、将来的には少子高齢化もあり、エントリーする人が少なくなり、人材を確保することが難しくなるだろう。船員をしっかり社内で育てていくことが重要になると考えている」
「一方で、船内サービスを務めるアテンダントやターミナルのスタッフにおける定着率の向上は課題だ。アテンダントは、陸上でもサービス業関連の職場は多いため、転職してしまう人もいる。ターミナルのスタッフについてもフェリーの出港時間の関係で業務終了時間が遅くなるため、将来的には人材確保が難しくなると考えている。デジタル技術を活用した労務負担の軽減などを通じて働きやすい環境を作って、定着率を高めていきたい」
(聞き手:中村晃輔)