2025年7月2日無料公開記事データ活用のトレンド
内航NEXT
《連載》データ活用のトレンド
DX需要は拡大、現場への理解浸透がカギ
井本商運×TSU×BEMAC(下)
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座談会参加者(社名五十音順)
井本商運取締役(管理・総務)兼管理部長 市田敏明氏
井本船舶船舶部船舶課課長代理工務監督 竹市雄作氏
ターボシステムズユナイテッド代表取締役副社長過給機本体販売部長 若狭義雅氏
BEMAC執行役員デバイス&コミュニケーションセグメント長 寺田秀行氏
(司会)海事プレス社 岡部ソフィ満有子
■導入拡大へコスト低減が課題
― 業界のデータ活用のトレンドや、業界における取り組みの変遷をどう捉えているか。
市田 コロナ禍をきっかけに、手形や小切手など紙ベースのやり取りがPDFや電信送金に急速に置き換わり、業界でも電子的な情報のやり取りが定着しつつある。現場では、FAXや紙に対する支持も根強いが、今後はデータのキャッチボールをさらに進める必要があると考えている。また、データ活用には通信環境の整備が不可欠であり、当社では、業務効率化や船員の通信環境向上の観点から、低軌道衛星通信サービス「スターリンク(Starlink)」の導入を進めている。特に沿岸航行が多い内航船では通信環境は比較的良好だが、電波が届きにくい区間もあり、改善が求められている。通信環境の悪さは船員の孤立感や離職にもつながるため、対策が急務。大型船についてはスターリンクの料金プランが比較的フィットすることから先行して導入を進めている。一方、小型船では現在の料金体系が合わず、現時点での導入は見送っている。ただし、必要性はあるため、今後も引き続き通信会社と協議を重ね、早期導入に向けて検討を進めていく方針だ。
竹市 通信手段の進化により、現場状況の把握が飛躍的に向上している。かつては電話やFAXが主流だったが、現在はメールでの数値データや写真、さらには動画の共有が一般化。特に動画は状況を一目で把握できる利点が大きい。一方で、こうした大容量データのやり取りには通信環境の整備が不可欠であり、スターリンクのような新たな技術が今後のデータ活用を左右する鍵となる。データ活用を含めDXの機運は高まっているが、内航船の現場への浸透はこれから。まずは陸上から取り組みを進め、船員にも無理なく受け入れられる形で広げていく、地道な工夫が求められる。
井本商運 市田取締役
井本船舶 竹市工務監督
若狭 外航の中小船主では従来、通信環境の未整備や意識の面から、データ活用は限定的で、トラブル時のメーカー対応が中心だった。しかし近年は、環境規制の強化や燃料費高騰を背景に、船の性能管理の重要性が増し、IoT導入や通信整備が進展しており、今後はデータ活用の幅が広がるとみられる。内航船でも、データ活用の新たな展開が始まっており、国土交通省の遠隔支援事業場の認定制度などデータを活用した制度も整えられつつある。こうした動きは、今後のデータ活用トレンドを象徴していると考えており、当社も準備を進めている。
寺田 機器メーカー各社が連携し、異なるメーカーの機器から取得したデータを一元的に扱えるようにする取り組みは、船舶の保守や運航の効率化に資するものとして注目される。近年、船主の意識も着実に高まっており、デジタル技術を活用した状態監視や遠隔対応への関心は以前にも増して強まっている。ただし、MaSSA-Oneのような包括的なIoTサービスは、特に内航分野では費用面で「一桁違う」として導入が敬遠されるケースもある。当社システムのような多機能なデータ収集の仕組みではなく、もっと簡易なセンサーとPC程度の構成や、用途を絞った低価格製品で“敷居の低さ”を実現することも必要かもしれない。そうした提案は、小回りの利く会社の方が適している可能性もある。一方で、サードパーティーの海外船舶管理会社では、業務全体の見える化を通じた透明性の確保が重視されており、整備・予算・PMSなどを包括的に管理する独自システムの構築が進んでいる。MaSSA-Oneのように機器データをベースにした仕組みとは異なり、業務全体の統合を通じて船主に対する付加価値を訴求する動きが強まっている。
TSU若狭副社長
BEMAC寺田執行役員
― このほか、近年気になるトピックスはあるか。
寺田 欧州では、AIによって燃費効率の良いルートを提案し、例えば「10%の削減を保証する」といった運航最適化系ソフトウェアが乱立しており、数年前は数社だったものが現在は数え切れないほどに増えている。サブスク型の料金体系で「費用以上の削減効果が得られる」としており、今後は日本市場への進出も予想される。
若狭 環境規制の強化や燃料費の高騰、さらには新燃料への対応が求められる状況のなかで、燃費低減や温室効果ガス(GHG)削減といった課題に対応するため、多くの企業が関連サービスの提供に乗り出しており、今後もこうした企業は増えていくだろう。
寺田 MaSSA-Oneは“メーカー起点”の仕組みで、主にメンテナンス性の向上を目的としており、例えば運航効率のように、明確なROI(投資対効果)の提示が難しい側面がある。今後は、故障対応の迅速化といった保険的な価値に加え、ユーザーにとっての具体的な利益還元の姿をどう示すかが導入拡大の鍵となる。
■海事DX、突破口は共通化
― データ活用における課題は。
市田 まず、ユーザー側がデジタル技術についていけるよう、支援する必要がある。特に船員を抱える立場として、その点が大きな課題となっている。また、現在、業界内でシステムや規格が乱立しており、企業任せにしているだけでは統一が難しい状況にある。例えば機器・システムもメーカーごとに異なる基準が存在するため、このままでは規格の統一は困難だ。そこで国土交通省海事局などが旗振り役となり、業界全体で規格の整備を進めることが重要だと考える。
竹市 統一化を図る場合、自社のやり方に合う場合は賛成しやすいが、他社に合わせるのは抵抗があり、混乱も予想される。しかし長期的には国が主導して規格を統一し、日本として海外にモニターや制御システムを展開できるようにするのが望ましい。また、船のデータを活用するには、船員がその意味を理解し使いこなせることが重要であり、ここも大きな課題だ。
若狭 導入コストは大きな課題であり、利用者にとって手が届きやすい料金が理想である。そのため、標準仕様の策定や接続方法の簡素化によってコストを下げる取り組みが必要だ。これにより、競争力の維持とともに、日本の海事産業全体でコスト抑制が図られ、船主にとっても導入しやすくなるだろう。
市田 システム導入により、1人の監督が担当できる船数が従来比で増えるなど、大幅な効率化が期待される。人件費が上昇する中、同じ船隊数をより少ない人数で管理できれば、業務の効率化や負担軽減に直結する。一方で、どの程度の機能を搭載すればこうした効果が得られ、かつユーザーが導入コストを納得できるかは、ユーザーと綿密に意見交換しながら詰めていく必要がある。
寺田 データの共通化やシェアリングは海事業界全体の効率化に不可欠だ。しかし、各メーカーは独自のノウハウを重視し、標準化に消極的だ。船主も自社の特色を大切にしており、共通化の障壁となっている。さらに、メーカー間では競合上の理由や情報漏洩のリスクを懸念し、業界横断的なデータ共有には慎重な姿勢が続く。こうした現状を踏まえ、国土交通省など公的機関の主導による取り組みが必要との考えもある。現在、日本の造船業は生産能力が限界に近づき、中国の国営造船業の効率化や補助金に押されている。生産キャパシティの逼迫により、受注が海外に流出する課題も抱える。こうした中で業界全体の競争力強化には、効率化やキャパ拡大のためにデータを共有し合うことが重要であり、メーカー間の垣根をどう取り払っていけるかが問われている。当社も、業界の枠を越えたデータ活用の促進に向けて模索を続けている。
竹市 他方で、デジタル化が進むとアナログの現場感覚が薄れる懸念がある。陸上からソフトで状況を監視しても、現場を知らない人には理解しづらい。そのため、デジタル化と並行して、リアルな現場の感覚をどう伝えるかが課題になると考えている。
― 本日はありがとうございました。。