2025年4月14日無料公開記事米中造船摩擦
《連載》米中造船摩擦③
「米国につくか、中国につくか」
選択迫られる日韓欧、距離見定めた運営必要に
-
韓ハンファはフィリー造船買収など米国事業強化
最近、韓国で話題になった写真がある。そこに写っているのは、50歳代の若きドナルド・トランプ氏が息子と連れ立って工場内を歩く姿。場所は、韓国巨済市の大宇造船海洋(現ハンファオーシャン)だ。1998年、不動産実業家だったトランプ氏は、住宅事業の交渉で初めて韓国を訪問し、出張の途上で大宇の工場を見学した。写真は、この時に撮影されたもの。トランプ氏がゴライアスクレーンを見上げて「上ってみたい」と言ったため、クレーン上部にまで案内した、といった逸話も残っているという。昨年、トランプ氏が大統領に再選して以降、韓国造船業への協力にたびたび言及するのは、「このときの記憶が源流にあるのではないか」とまで論じる韓国新聞もある。
米国が自国造船の復活方針を掲げて以来、これまで最もアクティブに米国に接近しているのは、韓国造船大手だ。ハンファオーシャンは昨年、米国フィリー造船を買収し、今年に入ると、米国子会社を通じて米海軍向け艦艇建造を手掛けるオーストラリアのオースタル造船の株式買収を始めた。最大手のHD現代も先日、艦艇建造最大手ハンチントン・インガルス・インダストリーズ(HII)と協力覚書を交わした。米国造船業への投資や技術協力を積極的に進める。
昨年11月に大統領選で勝利した直後のトランプ氏は、祝意を伝える尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領(当時)との電話の中で早くも、「米国造船業は韓国の支援と協力が必要だ」と述べたといわれる。そして先日。米国の相互関税をめぐる各国との首脳電話交渉で、やはり韓国には造船協力というカードの提示を求めたと韓国紙が伝える。
今月9日、トランプ氏は米国海事産業の復活と中国の支配力低下を目的とした大統領令に署名した。この中には、造船業の強化に関し「同盟国およびパートナー国を通じて敵対国への依存を軽減する」との条項が盛り込まれた。「90日以内に、同盟国に所在する造船会社が米国に資本投資を行い、米国の造船能力の強化を支援するあらゆる利用可能なインセンティブを勧告する」との内容。大統領令は、中国を明確に「敵対国」と表現し、世界の造船業を「米国の同盟国」と「敵対国」の陣営に二分しようとする。
先月の米国通商代表部(USTR)の公聴会。中国造船業の代表者が「米中造船融和」と「国際造船業の協調」を訴えたことは既に述べたが、この一方で、USTRの中国対抗措置に「われわれは中国の海運・物流・造船業における支配に対抗するトランプ政権の努力を強く支持する」と全面的に賛意を示した海運会社もあった。米国に拠点を置くハンファ・シッピング。韓国ハンファオーシャンの海運事業会社だ。ハンファは、米国が目指す自国籍船や自国造船の拡大の財源として、中国関連船への入港料金は絶対に必要だとし、多くの関係者が憂慮を示す入港料案に対しても、「当社が貨物輸送の経済学に関する実現可能性調査を行った結果、このUSTR提案を全面的に支持するものだった」と説明した。30年前にトランプ大統領が訪問した大宇は、いま防衛大手ハンファグループ傘下で、米国の側につく姿勢を隠さない。
だが、海事産業のほとんどのプレーヤーは、中国との決別を宣言できるほどの体制にはない。中国に拠点を置く造船所。中国で新造船を建造し、中国で保有船の大半の修繕を手掛ける船主。さらに、舶用機器やその部品の調達。船舶のサプライチェーンは中国抜きには成立しないのが現実だ。
「入港料は拙速だが、中国依存リスクという視点は間違いない」とある舶用メーカーの幹部は語る。経済安全保障の観点で、機器や部品の国産化や多様化は既に模索され始めている。「米国への協力というならば、例えば日米共同資本で新しい造船所や工場を建設するというプロジェクトがあってもいいのではないか」(造船経営者)とそんな意見が日本でも出始めた。米海軍の艦艇の建造や修理、さらに米国籍船の建造を、米国内造船所にこだわらず同盟国造船所で実施することも許容する方向も出始めている。
敵と味方に分けるトランプ流の政権運営が生んだ米中造船摩擦。その間にある造船国は、それぞれとの距離を見定めながらの経営が必要になってくる。
(この連載は、対馬和弘が担当しました)