米国トランプ政権発足以来、次々と打ち出される政策が、世界の海事産業に動揺をもたらしている。その1つが中国造船業との摩擦だ。中国建造船に対する入港料措置とともに、自国造船業の復興を大きく掲げ、これが他国の造船業だけでなく海事産業に大きな余波をもたらしている。米国はこの10年、海軍増強の路線に転換すると同時に、それを実現するうえでの自国造船業の課題に目が向き、その過程で、造船市場における中国の圧倒的な支配力と軍民一体運営に目が向いた。自国の安全保障と国内産業の復興という自国ファーストの2つの視点が、世界の造船業の構造を揺らす。
「かつては多くの船を建造していた米国造船所も、今はほとんど建造していない。だが近いうちに非常に速いペースで建造することになるだろう」。3月4日の施政方針演説で、トランプ大統領は自国造船の復興を経済安全保障と国家安全保障上の優先事項と位置付けた。造船局を新設し、税制優遇措置も設ける、まさに「Make American Shipbuilding Great Again(米国造船業を再び偉大に)」。そして「中国の優位性に対抗する」と強調したのである。
これに先立つ2月。米国通商代表部(USTR)は中国造船業などが補助金を受けて成長したことを問題視し、中国建造船への対抗措置案を発表した。米国建造船の利用も義務付ける内容。巨額の入港料もさることながら、数年内に米国造船業が相当量の商船を建造するまで拡大することは、現実性が薄い。パブリックコメントでも業界から見直しを求める声が上がったが、「何らかの形で実施される公算が高い」とみる識者は多い。
米国における造船業をめぐる視点は2つ。1つは安全保障上の観点。もう1つは自国産業の復興の視点だ。前者において、中国の脅威が注目されている。中国造船業が世界の60%の船舶建造を独占する経済安全保障のリスクに加え、その主力プレーヤーである中国船舶集団(CSSC)が、商船と中国海軍向け艦艇を同工場で建造していることに対する安全保障上の視点だ。
もっとも、この視点は現トランプ政権から始まった話ではない。バイデン前政権期にも、自国造船への支援政策と中国造船を問題視する見解は示されていた。ただ、起点がどこにあったかをさかのぼると、やはりトランプ氏である。
オバマ政権末期の2016年12月。米海軍は、2034年までに米海軍艦艇規模を355隻に増強することを求める報告書を発表した。オバマ政権期の予算縮減で海軍力が縮減し、中国海軍に劣後するとの危機感から艦艇増強の必要性を訴えたもの。大統領選挙中に海軍・造船強化を掲げていたトランプ氏の初当選が決まったタイミングを見計らって提示した。これをトランプ氏が大統領として採用した。さらにトランプ第一次政権では2020年12月に目標を一段と引き上げた。
一方、海軍増強を目指すうえで明らかになったのが、それを実現するうえでの米国造船業の弱体化だった。商船建造はジョーンズアクト船に限られるうえ、艦艇でも納期遅れやコスト超過が常態化していた。政府の会計監査院が20年8月に発表した報告書では、主力造船所が手掛ける空母と潜水艦の定期工事のうち4分の3が遅延していたことも明らかになった。
この5年間、米国造船業の実力不足の解消がテーマとなった。トランプ氏に続くバイデン政権下では造船業に対する助成金交付など、競争力強化の政策が続いた。
この過程で、中国造船業が脅威として広く認識されるようになった。22年にシンクタンクの米戦略国際問題研究所(CSIC)が公表したレポートで、中国の艦艇と商船の建造実態などが明らかとなる。折しもロシアによるウクライナ侵攻で地政学的緊張が高まる中。中国造船業が、米国にとっての安全保障上の脅威であることが示された。以降、党派を問わずに造船業に対する支援や、中国造船への制限措置が叫ばれるようになった。米中造船の摩擦は、トランプ大統領による一過性の措置でなく、より根深いものといえる。
かつて造船業では、1980年代に米国が日本造船業の補助金を不当とする通商摩擦があった。「対抗措置として補助金を復活させたいというのが米国造船業の本音だというのはミエミエだった」と当時交渉にあたった冨士原康一氏(日本海事協会顧問)は、本紙連載『次代への戦訓』で述懐する。自国造船業の苦境の原因として他国の造船補助金をやり玉に挙げる手法は同じ。とはいえ、中国造船と当時の日本では安全保障上の位置づけは全く異なる。業界が補助金を目的とした当時の摩擦と異なり、今回は米中の覇権を巡る対立に密接に絡む。それだけに、着地点も見えづらい。