2025年4月7日無料公開記事今治の中堅造船業と20年
内航NEXT
《連載》今治の中堅造船業と20年①
不況下の設備投資にみる強さ
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今治には大小さまざまな造船所が集積(写真=AdobeStock)
愛媛県の今治市、波方町、伯方町、大西町など12市町村が合併し、新生・今治市が発足してから今年で20年を迎えた。船主・造船所・舶用機器メーカーが集積する海事都市・今治には、今治造船や新来島どっくグループといった日本有数の造船所に加えて、ケミカル船や近海船、内航船を主力として建造する特色のある中堅造船所が存在する。今治地域では中堅造船所もいち早く設備拡張に動き、設備投資を継続して、売上規模なども伸ばしてきた。人手不足が造船業の大きな課題となるなか、労働環境の改善やDX活用、柔軟な採用など独自の取り組みも進めている。こうした今治地域の中堅造船所のこの20年と現状、未来を追う。
■有数シェアの中堅造船所群
「今治では外航の大型船から内航船までどんな船型の船でも建造できる」。
今治市の造船所というと、国内造船最大手の今治造船、新来島どっくグループの存在感がひときわ大きいが、近海船大手の檜垣造船、外航ケミカル船専業の浅川造船、ケミカル船やLPG船などプロダクトミックスの村上秀造船、内航貨物船大手の山中造船、内航・近海タンカーを得意とする伯方造船など、それぞれが特色のある得意船種を持つ中堅造船所群が地域に会している。各船種では有数のシェアを持つ大手造船所が多いのも特徴だ。また、今治地域にはこのほか、内航貨物船の矢野造船、波方造船、旅客フェリーの藤原造船所、FRP船の大本造船、吉海造船所などの造船所がある。
今治地域の造船所はこの20年、中堅造船所も含めて他の造船集積地と比べていち早く設備投資を進め、投資を継続してきたのが大きな特徴だろう。
大型の設備投資をみても、檜垣造船は2008年に「波方工場」、浅川造船は2010年に西条市の「東予工場」、山中造船は2014年、大島に最新鋭の本社工場をそれぞれ新設した。バラストタンクへの新塗装基準(PSPC)対応と同時に、ブロック製造の効率化による競争力強化、内作率の向上などを図ってきた。建造船種の大型化のニーズに対応して建造船台の拡張も都度進め、船型大型化による売上高の倍増など、大きな成長を遂げてきた造船所が多い。
今治市も造船業振興計画を進め、各社の設備投資を促進する施策を進めた。この施策により、旧今治市内の造船所だけでなく、旧伯方町の村上秀造船や伯方造船も埋め立てによる工場敷地・建造設備の拡張を実施した。
村上秀造船は2014年、再建中だったカナサシ重工(静岡県静岡市)を子会社化。両工場で新造・修繕事業を展開している。
また、船主機能を持つ造船所が多いのも今治地域の特徴の1つとなっている。中堅造船所も2ケタ以上の隻数を保有する造船所が複数社ある。
■強固な顧客基盤
不況下に入っても中堅造船所が思い切った設備投資に動けた背景の1つには、長年にわたって築いてきた安定した経営基盤があったことも大きい。この20年にあった好不況の荒波の中で、先ほど挙げた今治の中堅造船所で経営破たんや他造船所による資本参加を受けた造船所はない。この20年はリーマン・ショック以降、2014年問題やコロナ禍など長期間にわたる造船不況の荒波が続いてきたなか、造船所の縮小・休止・撤退といった動きが相次いだが、今治の中堅造船所では不況期にも強く生き残ってきた。
競争力に加えて、強い顧客基盤も今治地域の造船所の特色だ。今治の中堅造船各社とも建造船種や受注戦略は異なるが、共通して話していたのが「特にリピーターの船主を大事にしてきた」ということだ。今治に来れば外航の大型船から内航船までそろうなか、今治地域以外の顧客も今治に集まり、必然的に友好船主との結びつきが強固になった。こうして築き上げた友好船主とは「貸し借りの世界で、困った時には助け、支えてくださった」と複数の造船所が話す。
■労働環境整備の投資へ
今治地域の中堅造船所の経営トップがこの20年を振り返って、大きな変化の1つとして口をそろえて挙げたのが、やはり人材だ。少子高齢化に伴う人手不足の問題は日本のほぼ全ての産業の共通課題だが、今治市の人口も20年前と比べて約2割減となる14万人台だ。
こうした中で、今治の中堅造船所は労働環境の整備にも積極的に取り組んでいる。賃上げや休日の増加をはじめ、DXの活用、異業種研修への自主参加の促進、労働環境や福利厚生の向上に向けた設備投資などを各社が進めている。労働環境の整備に伴って、技術職のリモートワークも含めた採用活動を進める造船所もある。
海事都市・今治としての連帯感や一体感も醸成されてきたという。「海事関係が地域の中心産業という認識がこの数十年で定着した。地域に世界に通ずる産業があるのは喜ばしいこと。バリシップが若い世代の皆さんにもそのことを実感してもらう機会になれば」と期待を寄せる。
(この連載は全6回。次回以降は造船所インタビューを社名50音順に掲載)