大型コンテナ船の貨物落水事故を防ぐべく、業界横断プロジェクトが昨年から始まっている。オランダ海事研究所(MARIN)が中心となって立ち上げた「トップ・ティア・プロジェクト」がそれで、プロジェクトメンバーにはオーストラリア、オランダ、ドイツの各国政府、日本と世界各国の主要な造船所や大手コンテナ船社、船級、ラッシング資材メーカー、研究機関などが名を連ねる。近年、落水事故は回数こそ増えていないが規模が大きくなり、環境破壊への懸念から社会的な関心も高まってきた。コンテナ積み付けに関連するさまざまな側面を改めて洗い直し、原因究明とともに、安全性向上に向けた具体的な取り組みに繋がるかが注目されている。
今年6月、コンテナ船業界団体のWSC(ワールド・シッピング・カウンシル)は、コンテナ落水事故に関する最新レポートとして2021年版の調査レポートを公表した。WSCは2011年から調査を開始し、これまで14年版、17年版、20年版と3年ごとに調査を行っていたが、今回初めて2年連続で調査結果を実施した。背景にあるのは、近年の落水本数の増加と事故の規模の大きさへの懸念だ。
現在、世界では6300隻以上のコンテナ船が運航されており、年間コンテナ輸送量は2億4100万TEUにのぼる。WSCによると、適切に積み付けと固縛がされていたとしても、極端に悪い天候や海象、さらにごく稀な事故や構造的問題によって一定の落水事故は常に発生し得る。しかし、最初の調査対象期間である2008~10年の3年間では、年間の平均落水本数が675TEUだったのに対し、20年~21年では3113TEUへと増加。特に1万3000TEUから1万9000TEUクラスの超大型コンテナ船で大規模な事故が相次いで発生したことが注目を集めた。従来は、落水するコンテナの範囲はせいぜいオンデッキ上の1段・1列に留まっていたが、最近では複数の段・列がまとまって崩れるような事例が発生している。WSCは「規模に加え、積載貨物が環境に与える危険性という点でも社会の関心事となっており、また大型コンテナ船の安全性に対しても関係当局や社会からの関心が強まっている」と指摘している。
こうした背景から、改めて大型コンテナ船の落水事故の原因究明に向け、始まったのが「トップ・ティア・プロジェクト(
https://www.marin.nl/en/jips/toptier)」だ。もともと船社側も以前からこうした危機感を持っており、近年大規模な事故が相次いだことにも背中を押される形で、この取り組みが始まったという。MARINを中心に、日本からは日本海事協会(NK)、日本シップヤード、オーシャン・ネットワーク・エクスプレス(ONE)、日本郵船と同社グループのMTIが参加。プロジェクトは各国政府と海事業界が連携して進めている。大手コンテナ船社のほとんどが参加しており、さらに大手造船所や船級、荷役機器や資材メーカーなども加わる。船舶の安全検証のため、こうした業界横断プロジェクトが実施されるのは、2000年代の「Lashing@Sea」以来二度目のことだ。当時はコンテナ船、重量物船およびRORO船と複数の船種で、それぞれのテーマにおける安全性検証が行われたが、今回はコンテナ船に特化する形で3年間の研究・調査が行われている。プロジェクトの活動からは既に、船員向けの「追い波中でのパラメトリックロールの注意喚起」や「横揺れリスク評価ソフト」など成果物も同プロジェクトのホームページで公表されている。
プロジェクトでは、コンテナの落水事故に繋がるあらゆる要素を検証の対象に加えるという。ラッシング方法、コンテナそのものの強度、積み付けシステムの妥当性や、プランどおりに実際に船積みできているか(計画と実際の積み付けの乖離が無いか)。また、実際の大型コンテナ船の動揺が、船級や各種ガイドラインが想定していた範囲内に収まっているのか、積み付け計算は最低限の安全性を満たしているかどうか、加えて乗組員自身がどの程度まで危険性を把握しているのか、など検証範囲は極めて多岐に渡る。最終的には、オンデッキ上のコンテナ荷崩れを防ぐうえで現在の各船級の規則やそこで採用される技術標準が十分かの検証を行い、必要があれば必要な改善を促すことが目標だ。
過去10数年間、コンテナ船の急速な大型化に伴って積み付けの安全性に係わる規則は複雑・多様化してきた。かつてに比べ、各船級が設定する規則にはさまざまなバリエーションが生まれており、ある前提条件においてどのような値を設定するか、安全性計算のうえでどの要素や値を前提条件とするかなど、積み付けに関する規則にはかなりのばらつきがあるという。また、積み付けプランやラッシングコンピュータを作成するためのITシステムも、こうした各船級の規則に準じて作られているため、積み付けできるコンテナ貨物量は利用するラッシングコンピュータ、参照される船級規則次第で大きく変化する。言い換えると、現在はコンテナ積み付けの安全性に関して世界統一のルールは存在しない、ということになる。トップ・ティア・プロジェクトは「近年の一連の事故は、コンテナ船大型化への経済的圧力が安全性を超えて影響をおよぼしている可能性を示唆している」としている。
さまざまな検証作業が進行中だが、これまでの調査で判明したこともある。落水事故の原因のうち、少なくとも落水したコンテナ箱の半分以上が特定の条件下で発生する限界以上の横揺れ、いわゆる“パラメトリックロール”であることが分かってきた点だ。パラメトリックロール自体は以前から知られていた現象で、発生原理についても一定の知見は得られていた。ただこれまで、一般的には船型大型化に伴って“船は揺れにくくなる”と見做されてきたのだが、今回の調査を通じ、揺れにくいとされる1万TEUを超える超大型コンテナ船においても改めてパラメトリックロールで被害が生じ得ること、そして一旦被害が生じた場合は影響が甚大なものになることが改めて浮かび上がってきた。
このため「トップ・ティア・プロジェクト」では、既にコンテナ船の船員に対して注意喚起を行っており、どのような条件下でパラメトリックロールが起きるのか、その際にどのような操船行動を取ればリスクを低減することができるのかなど、改めて周知徹底を図っている。またプロジェクトの一環として、パラメトリックロールのような大動揺を通じてオンデッキのコンテナスタックのどの部分に物理的な負荷がかかり、落水事故に繋がるのか、各船級規則が採用するラッシング計算方法の妥当性を解明すべく、年内にも「トップ・ティア・プロジェクト」の一環として日本国内で振動台での模型試験が予定されている。試験を通じ、さまざまな積み付け状態、外力のテストパターンの下で、荒天時にオンデッキのコンテナ、ラッシング資材の各箇所にかかる荷重を計測し、現状の船級規則が想定する計算手法と比較評価を行い、どの要素に課題があるのかの究明を目指していく。
プロジェクトを通じ、最終的にコンテナ船のコンテナ箱やラッシング、船体構造や運航、安全規則などどの部分に焦点が当たるかはまだ不透明だ。ただ、プロジェクトの参加者は「最終的に得られた知見をどのような形で具体的な提言として統合し、対策を行うかが重要」と指摘する。パラメトリックロール発生の防止など運航そのものを見直しでオンデッキのコンテナスタックにかかる荷重を減らしつつ、一方でコンテナ箱・ラッシング・船体構造の強度面の見直しも通じて安全性を高めていく。両面からの取り組みを通じ、安全性のマージンを高めていくことが重要になっている。