1. コラム

2017年5月12日

(246)無念の大魔王

  • X
  • facebook
  • LINE
 1967年(昭和42年)、黒船研修生としてニューヨークに赴いた大阪商船三井船舶の転法輪奏氏はコンテナ船の経済合理性を認識させられ、反コンテナの旗幟を降ろすに至った。同時に新時代の到来を予感し興奮した。氏が特に重視したのは船主責任の変化であった。  在来船の船主責任は「tackle to tackle」。船側から船側までだから、責任は海上の領域に限定されている。これが海陸一貫輸送を本旨とす...