2025年7月9日無料公開記事

柔軟性が脱炭素移行期のカギ
【対談】マーズライン・久保氏×常石造船・関氏

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関氏(左)と久保氏が海運の脱炭素移行について対談

大阪・関西万博日本館に1隻の船の模型が展示されている。藻類で作られたバイオ燃料で走る未来の船だ。バイオ企業群を擁するちとせグループが主導する、藻類でバイオエコノミーを創り上げる産業横断型プロジェクト「MATSURI」による展示の1つ。MATSURIには、飯野海運、NSユナイテッド海運、MOL(アジア・オセアニア)といった海運企業も参画している。外航船主業の富洋海運もその1社であり、常石造船の協力を得て、第6世代のカムサマックス・バルカーのデザインを用い、燃料として従来型の重油とメタノール、藻類から作られるバイオ重油とバイオメタノールの4種類を使用できる船を出現させた。このほど、富洋海運グループのマーズラインの久保勇介氏と常石造船で船舶基本設計を担当する設計本部商品企画部の関和隆部長が、ちとせグループの主催で船舶の環境対応や今造るべき船について対談。その模様を紹介する。

■常石造船のカムサをモデルに

― 万博の日本館に展示されている未来の船は常石造船のカムサマックスのデザインを基にしている。

久保 万博という国際展示の機会に日本館に展示するのに相応しいものが何かを考えたときに、日本で造られている世界一の船を置くべきと考え、常石造船のカムサマックスが思い浮かんだ。常石カムサがバルチックインデックスの標準船型に採用されたときに感動したことを覚えている。常石造船にお願いし、最新型の第6世代カムサマックスのデザインを展示模型船に採用させていただいた。

関 当社の第6世代のカムサマックスは外観にもこだわった。風圧抵抗を軽減する独自形状「エアロライン」を適用し、船首部形状の改良や居住区をスリム化するなど、燃費を徹底的に追求するわれわれの思想を表した。これをわれわれの船の標準的な顔にしたい。

久保 燃費性能の高さは船の価値になる。運航コストを低減できるからだ。船は長期間使われるので積み重ねが大事。燃費改善を追求した結果、船体形状も格好よくなっている。

関 常石の船は「性能もよく、格好もよい」と言われたいので、そう言ってもらえてうれしい。エアロラインの採用により、約20%の風圧抵抗低減効果がある。

久保 船舶に多様な環境規制が導入される中で、燃費が良い船は中古船市場での評価も高まる。われわれは船を船齢20年まで使用する考えだが、運航コストを低減できる船は売却するときの価値も高くなる。また、カムサマックスはさまざまな積み出し港に行くのでフレキシビリティも大事になり、その点も常石造船のカムサマックスは絶妙だ。

関 当社は2002年に初代カムサマックスを開発した。従来のパナマックスが全長225メートル、7万6000重量トンだったところを、ギニアのボーキサイト積み出し港のカムサール港に合わせて全長を4メートル伸ばし、喫水を深くしたり、船幅を維持したまま8万2000重量トン型にした。積載能力を高めつつ、汎用性のある効率的な船にすることに挑戦した。(常石造船が業界で初めて開発した)この船型が浸透するまで時間を要したが、世界のトレード、港で受け入れられるようになったことがヒットの背景にある。カムサマックスらしさ、常石らしさを常に考え、世代を交代するごとに新ルールに対応したり、燃費を改善したりしている。最大のライバルは今われわれが販売しているカムサマックスであり、自らを超えることを意識している。

■柔軟性が重要な時期に

― 船舶燃料の転換期となっている。

関 当社はLNG、メタノール、アンモニア、水素の二元燃料船に取り組んでいる。第6世代のカムサマックスは重油のほかメタノール燃料でも走れる。

久保 藻類をもとにした燃料が入り込む余地は重油、メタノールのいずれにもあると考えている。石油を藻類に置き換えるプロジェクト「MATSURI」には日本を代表する製造業が参画しており、船舶燃料についても、重油に替わる油とバイオメタノールを生成できる。世の中にあるバイオ燃料の中には廃油を加工せずにそのまま焚くものもあるので、ボツリオコッカスという藻類が生み出すバイオ油をそのまま船舶燃料として使えるのではないかと期待している。実際、ちとせグループが品種改良した藻類を原料とするSAFが、航空燃料として使用された実績がある。

関 メタノールは、化石燃料由来だと二酸化炭素(CO2)削減率は重油比で10%減に留まるので、バイオ燃料やグリーン燃料を使うことがゼロカーボンにとって必須になる。
 ゼロカーボンはアプローチが多様。二元燃料だけでもさまざまで、2050年時点の解は誰も見通すことができない。このような状況下でわれわれ造船所が今できることは選択肢を増やすこと。第6世代のカムサマックスは、大容量の燃料タンクを備え、メタノールよりもバイオディーゼルの方が入手しやすい局面では、バイオディーゼルでゼロエミッションを達成し、バイオやグリーンのメタノールが手に入る世の中になれば、それを用いてゼロエミッションを実現できる。船主に対してゼロカーボンの選択肢を入り口段階で少なくとも2つ用意するコンセプトだ。それに原料として藻類などが入ってくれば燃料の選択肢が掛け算で増えていく。

久保 そのように考えて船造りをしておられるのはわれわれ船主にとってありがたいこと。新たな環境規制でCO2排出に対してペナルティがかかってくる中で、多様な選択肢を得られることは大切だ。船の寿命が25~30年であることを考えると、今新造発注した船の竣工は2029年以降になり、船の一生において2050年を越えてしまう。そのような中でどのような船を保有していくかを考えたときに、私自身はバイオ燃料に注目している。バイオ燃料のネックの1つは現時点では供給源が少ないことだが、ちとせと共に仕事をする過程で多様な技術が生まれていると感じている。

関 ゼロカーボンを目指す上で、二元燃料化は1つの解だが、加えて省エネにも取り組まなければならない。経済性を考えたとき、船舶の省エネは永遠の課題。燃費改善に資する技術として風力推進システムも開発しており、こちらも早く実現したい。エアロラインは風圧抵抗を減らすコンセプトだが、風を推進力に換える技術も発展している。

― 万博に展示されている船には風力推進装置も搭載されている。

久保 前方から受ける抵抗を減らしつつ、後ろから押してくれる力を活用する。また、新しい船はメンテナンス性や船内の快適性も改善されている。

関 騒音・振動を抑え居住空間の快適性の改善を図っている。居住区の内装デザインにもこだわっている。

久保 よい船員に長く乗ってもらうにはその点は重要。常石造船独自の内装「NEXT STYLE」では、間接照明を使ったり木目基調を採用したりしており、内装もよい。

関 一般商船は居室ごとにシャワーやトイレがなかったり、天井の高さも2.1m程度で閉塞感を感じやすい。われわれは天井高を2.3mにし、各居室にシャワーとトイレを備えてプライベートな空間を作っている。間接照明、木製家具で温かい空間を作ることにもこだわっている。この点も常石らしさだと思う。

久保 このような工夫が人気の出る理由で、中古船市場での評価につながる。良い船員が乗るとメンテナンスが良くなり、運航も良くなる。その結果、オフハイヤーが減れば用船者にも喜んでいただける。このベースとなる点にこだわって常石造船はものづくりをしていると感じる。

関 船は20年以上使われるので、就航後は市況がよい時も悪い時も経験する。市況が悪い時も資産価値を下げないようにするにはどうしたらよいかを考え、また、技術の進展が速い中で新技術を搭載できるようにしておくことが大事だと思う。造船所には、先行きが不透明な中でも船の生涯の価値を高めておくという長期的な目線が重要になる。

■ゼロカーボンと経済性の両立

― 経済性の確保も課題になるが。

関 ゼロカーボンへの取り組みは必ずしも経済性と相反するとは思わない。先行き不透明に対して二元燃料化で選択肢を増やしておけば、シナリオが変化しても柔軟に対応できる汎用性を持った船になるからだ。燃料システムを2種類持つので初期費用はかかるが、ライフサイクルで見たときに必ずしもお金がかかる船にはならない。

久保 二元燃料化で選択肢が広がれば、より安いバイオ燃料を選択できるようにもなる。例えば、ある港でバイオメタノールの価格が安ければ、そこでたくさん調達することもできる。別の場所でバイオディーゼルが安ければそれを補給する。このような選択肢を持てる意義は大きく、20年、25年という船のライフサイクルで見たときに、CO2排出に対するペナルティが高まるほど優位性が出てくるだろう。

関 運航中に燃料を変更することもできる。重要なのは燃料タンク容量を大きくしておくこと。安い燃料があればたくさん調達して長時間運航できる。多様な燃料を積みたいというニーズもあると思うのでタンク数も大事になる。

久保 カムサマックスに限らず、機関室の配置を変えたりもしているのか。

関 世代が変わるたびに機関室を見直している。最近は二元燃料特有の難しさがある。二元燃料化は必ずしも経済性の悪化につながらないとお話ししたが、その前提は従来と同じ量の貨物を積めること。限られた機関室に2種類の燃料システムをいかに効率的に配置するかが重要になる。メンテナンス、安全性、オペレーションなどさまざまな要素を踏まえてエンジンプラントの設計をしなければならない。できるだけ小さなスペースに収めることが輸送量の最大化と燃料タンクの大型化につながる。第6世代のカムサマックスはこれらの点を試行錯誤して設計した。

久保 メタノールタンクも重油タンクも満載できるのか。

関 居住区の後方にメタノールタンクがあり、重油タンクとメタノールタンクの両方に燃料を積載することができる。一方で片方しか積まない可能性もある。船の使い方のバリエーションが多様化し、われわれが設計上で想定するシチュエーションが増えている。

― 万博での展示機会をどう生かすか。

関 日常生活の中でわれわれのバルカーなどに触れる機会は少ないので、万博で未来の船として見てもらえるのは非常に良いこと。今はゼロカーボンに向けて100年に1回あるかないかの変革期。この変革期に巡り合えたのは幸運だと考えている。1社でできることは限られるので、顧客や舶用メーカー、われわれとは全く異なる分野の人たちを含めてパートナーを見つけ、良い関係性を構築して新しいことに挑戦していく必要があると思っている。また、若い人に面白い業界であることを知ってもらえるよい機会にもなるだろう。

久保 未来へのメッセージは万博に展示しているあの船そのものだ。足元で竣工する船は寿命を30年とすると2055年まで走り続ける。その間に次の船の姿が決まっていく過程があり、フレキシビリティが大事な時期でもある。さまざまな人が試行錯誤して造った船も、もしかしたらその枠を超えた使い方をされるかもしれない。そのようなことが起きていく中で、次世代の燃料が決まっていくのだと思う。

ちとせグループのオウンドメディアでも紹介されている。
https://journal.chitose-bio.com/kamsarmax/
 

日本館のファクトリーエリアの展示「『藻』のもの by MATSURI」。藻類を活用した循環型ものづくりの可能性を示す

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