2022年10月11日無料公開記事

ウインドチャレンジャーついに出帆
商船三井/大島造船の硬翼帆1番船“松風丸”竣工

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最大展帆での航走の様子。さまざまな風向を推力に変える

 商船三井と大島造船所が長年開発を進めてきた硬翼帆式風力推進装置「ウインドチャレンジャー」が、ついに大海原に漕ぎ出す。7日、硬翼帆を初搭載した石炭輸送船“松風丸(Shofu Maru)”が竣工した。温室効果ガス(GHG)削減効果は同型従来船に比べて日本/豪州航路で5%以上、日本/北米西岸航路で8%以上を見込む。「長年の構想を実現することができた」(商船三井の橋本剛社長)。前身の産学共同研究から数えて13年を経て、船の推進力として風を再び活用する挑戦は、脱炭素社会という時宜を得たタイミングで実を結んだ。

 「ウインドチャレンジャー」初搭載船の“松風丸”は10万422重量トン型の石炭船で全長235m、全幅43m、船籍港は能代港。商船三井が保有・運航し、東北電力の専用船として主に豪州やインドネシア、北米からの石炭輸送に従事する。
 7日に命名引渡式が大島造船所で行われ、東北電力、商船三井、大島造船所をはじめ関係者約40人が出席。東北電力の樋口康二郎社長が“松風丸”と命名し、ご令室の郁子氏が支綱切断した。

■5~8%以上の効果

 ウインドチャレンジャー帆の最大の特徴は、伸縮・回転機構。海気象に即して帆が全自動で伸縮・回転する。1番船に搭載された帆は4段スライド構造で、風を推進力として最大限に活用しようとするときは全て展帆して高さ約50mの帆となり、風の受圧面積を最大化する。強風時や荷役時などは約20mまで縮帆する。
 また、帆は風向きに応じて最適な形になるよう回転する。帆に発生する揚力(リフト)も推力にできることから、後方から吹く風だけでなくさまざまな風向を推進力に変換でき、360度のうち310度の範囲で吹く風が推力になる。逆に、強風時や錨泊時などは揚力が発生しない角度に帆を向けることで風の影響を受けないようにできる。
 このほか、水先人のきょう導時や狭水路航行時のように、船橋からの視界確保を優先するモードでは、帆を90度の角度に固定。また荷役時は、荷役機器との干渉を回避するため角度ゼロ度で固定する。
 素材にGFRP(ガラス繊維強化プラスチック)を採用した点も特徴で、軽量化により運用上の安全性が飛躍的に高まった。
 帆のサイズは、推進力の最大化や構造強度、前方視界などを総合的に考慮して判断した。船橋視界についてはルールに即して計画・設計しており、チップ船などギア(船上クレーン)付船と比べても前方が遮られずに見やすい。
 帆は自動制御でノーメンテナンス。安全・正確に操作されているかを確認するモニターをブリッジに装備しているほか、乗組員用の運用ガイドラインも作成した。
 燃費削減効果は、10万重量トン型に帆を1本搭載した今回の形で、日本/北米航路では8%以上、日本/豪州航路では5%以上。「シミュレーション上だが、保守的に見積もった数字」(商船三井の山口誠執行役員)で、これ以上の効果も期待できそうだ。
 また、風を生かす航路候補を示す専用のウェザールーティングシステムも開発し、実装した。「今後、後続のウインドチャレンジャーにも搭載し、世界中のデータを集めて、風の活用法を深堀する」(山口執行役員)。

■時代が追いついた

 ウインドチャレンジャーの開発は、13年前の2009年秋に東京大学の大内一之氏をリード役として産学共同研究プロジェクトとして始まった。複数の海事関連企業が参加して基礎研究を進め、2013年には40%サイズの実証機を相浦機械の敷地に設置して陸上試験も行った。
 8年間の研究を経て、18年1月からは商船三井と大島造船所が計画を引き継ぐ形で「ウインドチャレンジャープロジェクト」を発足。2社が主体となり、開発パートナーに金沢工業大学と相浦機械、東京計器、関西設計、GHクラフト、東京大学、日本海事協会(NK)、アズビルが参加して実船搭載に向けて開発を詰めた。
 1番船の搭載にあたっては、あらかじめ国内外30カ所以上の港湾当局や水先人会などに説明に回った。最初の仕向け地である豪州ニューキャッスル港のハーバーマスターと水先人とはシミュレーターで本船挙動を確認。あらゆる海気象条件での操船を再現し、安全に入出港できることを確認した。
 振り返ると、プロジェクトが始まった2009年当時は、燃料価格高騰で海運会社の収支が急速に悪化していた時代で、船舶の省エネ化が大きな技術テーマになっていた頃だ。とはいっても、過去に廃れた帆走技術が復活するとまでは想定されておらず、将来技術の候補の1つに挙げられることはあっても、実現を本気で目指そうとの動きは世界の中でもごく一部だった。そんな中でも、ウインドチャレンジャーのプロジェクト関係者は当時から、省エネだけでなく、将来のGHG排出削減を視野に入れて帆走技術の実現に本腰を入れて取り組んできた。
 省エネと環境に対する要求は13年前の想定をはるかに上回る潮流になり、帆走技術が有力なソリューションとみなされる時代が訪れた。ウインドチャレンジャーの挑戦に時代が追い付いた。

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