人手不足などを背景に、内航船でもデータを活用した機器の保守や業務負担の軽減、労務管理の効率化に向けた取り組みが動き始めている。内航コンテナ船における船舶データの活用で協業する井本商運、ターボシステムズユナイテッド(TSU)、BEMACの3社に、主に内航分野におけるデータ活用の現状やトレンド、課題などを聞いた。データ活用による保船業務への効果を期待する声がある一方で、内航に適した価格帯のシステムや通信の整備、現場の理解の浸透などが普及のカギになるとの見解が示された。
座談会参加者(社名五十音順)
井本商運取締役(管理・総務)兼管理部長 市田敏明氏
井本船舶船舶部船舶課課長代理工務監督 竹市雄作氏
ターボシステムズユナイテッド代表取締役副社長過給機本体販売部長 若狭義雅氏
BEMAC執行役員デバイス&コミュニケーションセグメント長 寺田秀行氏
(司会)海事プレス社 岡部ソフィ満有子
■機器状態可視化で陸上業務を支援
― 井本商運の新造内航コンテナ船“かこ”に、BEMACの船上・陸上データプラットフォーム「MaSSA-One」を通じて、TSUが提供するアクセラロンのデジタルソリューション「Turbo Insights」が適用された。各社の狙いや意義、期待する効果を伺いたい。
市田 “かこ”は当社が保有・運航し、乗組員も自社で採用・育成している。少子高齢化で、船員だけでなく陸上の工務・海務要員の確保も難しく、1人の監督が複数隻を担当せざるを得ない状況だ。限られた人員で効率的に船を管理する体制構築が急務となっている。そこでMaSSA-Oneを通じ、過給機の運転状況をリアルタイムに可視化するTurbo Insightsを導入した。これにより監督は船の状態を詳細に把握し、問題発生時には迅速に対応できる。データを視覚的・立体的にとらえることで、状況の本質を直感的につかみやすくなる。理想は、F1レースのピットクルーが遠隔で車を監視し、ドライバーと密に連携して軽微なトラブルであればドライバーがレースを続けながらピットクルーからの指示に従い修理も行うように、できる限り陸上のテクニカルチームが現場に行かずとも、トラブル発生時に、適切に対応できる体制だ。
竹市 限られた陸上スタッフで10数隻を監督するとなると、本船の状況をリアルタイムに把握するのは難しいが、MaSSA-OneやTurbo Insightsのようなデジタル技術で船の情報を陸上でリアルタイムに取得できれば、トラブル発生時の初動対応や解決までの時間を大幅に短縮できる。船から陸上へのデータの取り込みと、それを活用した支援やアドバイスの実施に向けて、今後もこうしたデジタル化やソフトウェアを活用した支援の開発が進むことを期待している。
若狭 従来は製品の性能を重視してきたが、現在はユーザー目線でのサービス提供、特にデジタルソリューションの重要性を強く認識している。過給機はエンジンの効率を左右する重要な部品で、その稼働状況によって船全体のパフォーマンスが決まる。そこで、陸上公試で最適とセッティングされた状態を基準に、過給機の状態をリアルタイムに可視化し、クラウド経由で陸上と船上で共有できるデジタル製品Turbo Insightsを開発した。これにより運転状態を簡単に確認でき、異常の早期発見や迅速な対応を可能にしている。
寺田 井本商運の船舶にMaSSA-Oneが採用されるのは、“かこ”で2隻目。これまでMaSSA-Oneは主に外航船向けに採用されてきたが、井本商運は内航船にいち早く導入した、業界内でも先進的で貴重な存在だ。MaSSA-OneはTwo、Threeと3段階あり、現在でもまだまだ発展途上の段階にある。今後も井本商運からのフィードバックをもとに着実に改良を重ね、業界に向けたより良いサービスの実現に努めていく。当社はプラットフォーム提供者として、より良いサービスを届けるための土台をしっかりと整えていきたい。
■目指すは「決して止まらない船」
― “かこ”の取り組みを今後どう発展させていくのか。
市田 ハード面では、MaSSA-Oneの対応範囲の拡大が課題だ。主機の状態モニタリングサービスは普及しているが、船のトラブルは主機だけでなく発電機など他機器も関与する。陸上でさまざまな機器の状態が確認できれば、工務監督やメーカー側が原因を話し合える。MaSSA-Oneを活用し、機器メーカーとの協力体制を今後強化していく必要がある。もう一つは船員の労務管理だ。労務管理アプリは普及しているが、メーカーごとにプラットフォームが異なる。当社が運航する33隻のうち5隻は自社船員だが、全船統一は難しい。とはいえ、運航指示を担う立場として、他社船員も含めた適正な労務把握が必要であり、できる限りのプラットフォーム統一による効率化とチェック強化を目指したい。これにより、行政による労務査察にもスムーズに対応可能な体制を整えることができる。
竹市 現状は、MaSSA-Oneを通じて膨大な船舶データを陸上に送信し、モニターで確認している段階だ。将来的には、BEMACが掲げる開発コンセプト「決して止まらない船」の通り、船を止めないことを実現すべく、保守・整備の効率化を図りたい。今後はAI技術などを活用し、メンテナンスの間隔を延ばすことで、最終的に船を止めずに連続航海ができる環境を目指している。
若狭 当社は過給機メーカーとしての経験を生かし、船全体の性能最適化を目指している。その一環でエンジンパフォーマンスモニタリングシステム「Tekomar」を市場に投入し、採用実績を重ねてきた。実データを解析し、燃費改善や燃料削減につながる運転方法を提案するほか、初期の陸上公試時の状態に近づけるための改善アドバイスも行う。また、MaSSA-Oneを通じて船舶データをリアルタイムに収集・分析することで、従来の日報や点検記録に頼る運用から脱却し、データに基づく傾向管理や異常検知も可能になると見込んでいる。属人的な判断に偏らず、誰もが迅速かつ的確に判断できる支援環境の構築を目指している。また、複数隻の状態を一元管理できるため、予防保全による稼働率向上やコスト削減にも寄与できる。今後も、これらの取り組みを通じてエンジン最適化と予防保全の高度化を追求する。
寺田 船舶には多種多様な機器が搭載され、メーカーごとに管理が分散しているため、現場では「どこを見ればいいか分からない」状況が起きている。こうした中、当社には、バラバラな情報を一元管理し、異常時に迅速対応できる体制づくりが期待されている。各メーカーの利益も尊重しつつ、連携を進めたい。現在はMaSSA-Oneの展開で、船主や管理者による機器モニタリングやトラブル対応の効率化を図っているが、今後はさらにデジタル化を推進して、より幅広い船舶管理業務を支援していきたい。
■3社連携で次世代の保守体制構築へ
― これまでデータ活用にどう取り組んできたか。
竹市 燃料消費量などのデータの解析は行っているが、保船に関するデータ活用はまだできていない。故障時は船からの電話対応が中心で、体系的なデータ活用はこれからの課題だ。MaSSA-Oneを使い、データを活用して予防保全や効率的な整備体制を作ることを検討している。
市田 当社は創業52年の経験を持つが、担当者や船員の入れ替わりがあり、過去のトラブル情報の共有が十分ではない。また、これまでFAX中心の業務で情報の蓄積や検索に課題があった。今後はMaSSA-Oneなどのデジタルプラットフォームを活用し、過去の整備記録と照合する仕組みを整備したい。これにより、類似事例の早期発見と対応が可能になり、陸上の作業負荷軽減や査察対応の迅速化にもつなげたい。
若狭 過給機の定期オーバーホールでは、開放して初めて内部の状態が判明し、不具合があれば、その場で監督と整備方針を協議し、ドック期間内に復旧させる必要がある。予想外の不具合が見つかることもあり、早期対応には経験やデータに基づく事前予測が重要だ。当グループは世界中にあるアクセラロンネットワークで実施されているオーバーホールから得たデータや経験からの知見を生かしつつ、サーバを介した常時監視体制を整えることで、コンディションベース整備のメニューを提供している。定額制メンテナンス契約も用意しており、顧客は当社に整備業務を委託することで、監督の負担やリスク軽減が図れる。これらには船内外でのデータ収集・送信環境が不可欠であり、BEMACのMaSSA-Oneのような仕組みが重要だ。今回の3社連携により、整備・通信・データの各領域を補完し合い、実効性のある保守体制の構築が可能となった。こうした体制こそが、今後のデータ活用の鍵を握ると捉えている。
寺田 私の部署は、船舶データの活用に専門的に取り組んできた。費用対効果が厳しく問われる中、実務現場の要請に即した機能の開発に粘り強く対応し、ユーザーやメーカーから評価を得られるプラットフォームの構築につなげられたと考えている。近年は、二酸化炭素(CO2)排出の可視化や規制対応に対する関心の高まりを受け、今年1月には、環境規制評価を統合的に管理できるWebアプリケーション「ECO Metrics」をリリースした。航海ごとの燃費性能やCO2排出の状況を把握・分析できるツールで、将来的に内航船でも環境規制への対応の必要性がより高まれば、活用の機会が広がると見ている。
(つづく)