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2025年5月20日無料公開記事データ活用のトレンド

《連載》データ活用のトレンド
データ利用拡大に知識底上げ必須
スマナビ研、サイバー防衛に業界協調

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(左から)三田村氏、山田氏、長澤氏、明石氏

 海事産業の船舶データ活用の基盤づくりに大きな役割を果たしてきたのが、日本舶用工業会(日舶工)に設置されたスマートナビゲーションシステム研究会(スマナビ研)だ。データ利用の普及には、まずデータの名称統一などの業界標準作りが必須となるが、スマナビ研は船舶データの国際標準化機構(ISO)規格策定で世界をリードした。標準化に続いて同研究会がいま注力しているのが、サイバーセキュリティ対応と、日本の海事産業におけるIoT関連の知識の底上げ。担当者らに、研究会の活動や、海事産業のデータ活用と課題について聞いた。


■セキュリティ対策が重要テーマ


スマナビ研でISO規格の普及活動などに取り組むBEMACイノベーション本部東京データラボの山田隆志チーフエキスパートと寺崎電気産業システム事業マーケティング部の森本峰行次長、産業向けネットワーク機器メーカーMoxa(モクサ)ジャパンの長澤宣和プロダクトマーケティング部長、同社営業担当の明石拓也氏、日舶工技術部の三田村昌憲氏が答えた。

― スマナビ研も発足から十年以上が経つ。変化は。

山田 2012年の発足時は舶用メーカーを中心に40社強が参加していたが、ITやDXへの関心の高まりに伴い、船主、造船所、大学、高等専門学校や研究機関なども加わり、現在は57社・137人にまで拡大した。船舶のDXの推進という活動の軸は一貫しているが、その中で重点は変わってきた。いま重要テーマとなっているのが、サイバーセキュリティだ。昨年7月からは国際船級協会連合(IACS)のサイバーセキュリティに関する統一規則(UR)も新造船に適用されるようになり、OT装置とIT装置の接続されるケースが増えたこともあって、業界の関心が高まり、サイバーセキュリティ関連の活動が活発に動いている。

三田村 例えば、広島商船高等専門学校との取り組みがある。同校が日本財団の助成を受け、昨年から2年間の計画で、実船でのサイバー攻撃防御演習、高専と社会人教材向けのカリキュラムの策定、ペネトレーションテスト実施する施設の構築を進めており、そのプロジェクトにスマナビ研が協賛している。今年の9月に、同校が保有する練習船“広島丸”で、第3回目となるサイバー攻撃防御演習を実施予定だ。
 

■船内ネットワーク講座を開催


― 今年2月に「船内ネットワーク関連知識講座(初級)」を東京・大阪・今治で開催した。狙いは。

山田 目的は、現場で船内ネットワークに関わる人々の基礎知識を底上げすることにある。船内ネットワークのISO規格の普及を図るうえで、造船所や船主、メーカーなどに船内ネットワークの理解度をアンケートで確認したところ、詳しく知っている人は半数以下で、「初級講座があれば参加したい」という回答も6割以上にのぼった。これを受け、初級講座を開催することになった。モクサジャパンに講師をお願いし、ネットワーク構成の基本概念について分かりやすく解説してもらった。3会場でのべ300人近い参加者が集まった。今後は、より専門的な内容を扱う応用編も開催予定だ。参加者の関心事をアンケートで調査したところ、多かったのが、やはりサイバーセキュリティ。また船内ネットワークの設計や設定なども学習したいとの意見があったので、応用編では実際に手を動かすような内容を検討している。

― 講師を務めたモクサジャパンの話も伺いたい。

長澤 当社は台湾に本社を置く産業用ネットワーク機器メーカー、モクサの日本法人だ。鉄道や電力、工場など、産業界全体を対象にネットワーク機器を展開している。2月の講座は想定以上に多くの参加があり、強い関心と危機感を持って熱心に耳を傾けていたのが印象的だった。

明石 自律航行やIoT、DX、脱炭素などの進展に伴い、船舶業界ではサイバーセキュリティの重要性が増している。当社はこの分野で貢献したいと考え、今回の講座にも講師として参加した。

三田村 業界全体の底上げは協調なしには進まない。今回の講座は協調領域にあたる取り組みであり、業界団体として今後もこうした機会を設けたい。

長澤 ネットワークはこれまでクローズドな領域だったが、オープン化と相互接続が求められる時代になっている。当社のようなネットワーク専門の立場からも、業界全体の連携強化に貢献できると考える。
 

■課題は収益性確保


― 船舶データ活用のトレンドをどうみているか。

山田 海事産業でのデータ活用は着実に進展しており、シップデータセンター(ShipDC)のような第三者的な取り組みに加え、メーカー側でもクラウド型サービスやアプリケーションの提供が増えている。一方、世界全体の船舶の隻数は限られており、限られた市場の中でいかに収益性を確保するかが課題だ。さらにサイバーセキュリティ統一規則のUR E26/E27の強制化で、データ収集自体が難しくなる懸念もあり、せっかく立ち上がったデータ活用の流れを止めてはいけないと考えている。そうした中、低軌道衛星通信サービス「スターリンク(Starlink)」に代表される低軌道衛星通信の普及で、船陸間通信のコスト低下や導入の敷居が下がっており、こうした動きはデータ活用にとって追い風になると見ている。

森本 スターリンクの登場で、従来の通信手段を前提としていた通信環境が大きく変わり、データ活用の幅が広がる。一方で、過度に依存すればかえって課題が生まれる可能性もある。スターリンクの登場とサイバーセキュリティ対応は、業界にとって追い風と向かい風の両方の側面を持つ変化だと感じる。特にUR E26/E27対応は、一般的に言われるITや陸上産業用途のセキュリティ対策とはやや性格が異なる。データ活用の基盤を担う立場として、そうした船舶ならではのベストプラクティスをどう示していくかが今後の課題だ。

― データ活用で気になるトピックスはあるか。

山田 業界全体で人工知能(AI)の活用が広がっており、当社も7年前からAIやデータ分析を積極的に導入している。データ通信のインフラ整備が進み、新たなサービス展開の可能性が広がっている。一方、この業界の慣習として困りごとをオープンにしづらい面がある。困りごとをより広く共有できるようになれば、新たなサービス提案や提供が加速すると考える。

森本 データ活用に関しては収益化を含め、まだ模索中というのが正直なところ。一方で、最近はスタートアップ企業の登場など、業界が少しずつ変わりつつあると感じる。

― 重要テーマのサイバーセキュリティに関して、専門家のモクサからは他産業と比べて海事産業の現状はどう見えるか。

長澤 IACSのUR E26 /E27など厳しいサイバーセキュリティ規制への対応が先行して進んでおり、実際に遵守しなければ保険加入や乗船に支障が出るレベルの厳格さとなっている。一方で、ネットワークやセキュリティに詳しい人材は各社とも限られ、現場全体への知識の浸透が進みにくいのが課題だ。これは海事産業に限らず他業界でも共通している課題だが、今後は海事産業も基礎からの教育や、実践的な学習機会の拡充が必要になると思う。

― データ活用で業界が抱える課題についてお聞きしたい。

山田 課題の一つは、海技に関する知識が必要で、外部からの参入が難しい環境があることだ。また、さらなるデータ活用に向けては、誰もが率直に意見を交わせる環境づくりが必要だ。ITやDXの推進に向けては、BtoBにとどまらずBtoCや他業界への展開も視野に入れるべきだと考える。

― スマナビ研としての課題はどうか。

森本 若手の参加が進まないことだ。スマナビ研は企業の枠を超えた交流の機会を提供しており、その継続が重要だ。こうした場での対話を通じて、出身企業や世代が異なる技術者の間で、共通の認識・理解を持つことができる。今後は、こうした場を維持しつつ、意識向上を図る取り組みを進める必要がある。
(聞き手:岡部ソフィ満有子)

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